主席ブレンダーの森弥氏がさらにわかりやすく解説してくれた。

「ある人はヨーグルトと表現したとします。その人にとってはちょっと酸っぱい感じ。またある人はサワーと表現する。これは、ヨーグルト的だが少し甘さも伴った甘酸っぱいような香りです。単に言葉が違うだけであって、まったく違うものを想像しているわけではないということなんです」

ではこの匂いの表現をヨーグルトで統一しようという方向へ向かうかというと、それはしないと佐久間氏は言う。

「自分の感覚で選んだ言葉だから、無理やり直すと今度は言葉が出てこなくなります。香りは数値で捉えるものではないので、いろいろな捉え方があっていいのです」

ビジネスの現場では、定性的なものを無理やり数値化して、表現しがちである。確かに酸味の度合いを5段階で伝えるほうが、味を評価する側も、それを確認する側も楽である。ただ、その過程で微妙なニュアンスはそぎ落とされてしまう。そのそぎ落とされた自由な表現こそが個性であり、職場のコミュニケーションの種になることをブレンダーたちは教えてくれる。彼らが選ぶ言葉は、とにかく自由だ。

「たとえばリンゴやバナナ。リンゴであれば青リンゴ、あるいは熟したリンゴなど、自由に表現する。なかには、汗の匂いとか土の匂いとか、土間や古箪笥の匂い、あるいはゴムの匂いなど、どんな言葉を使ってもいいんですよ」

自分が感じたままに自分の言葉で表現するからこそ、次に出合ったときにも同じ香りを嗅ぎわけることができるということだろう。逆に言えば、テイスティングノートを読み返したときに、ああ、あの香りだなとわかるのは、やはり、個別の感覚に根ざした独自の表現だからこそともいえる。