3月や9月になると、「決算セール」などと称して、在庫処分のための激安販売キャンペーンが街角の店舗でよく見受けられる。ノルマがまだ達成されていない場合とか、売れ残りの余剰在庫があった場合などは、従業員自身の給与査定などにも響くだろうし、各社、各店舗とも追い込みに必死なのだ。

ところで、事業活動を円滑に行い、ビジネスチャンスをものにするためには、どうしても一定量の在庫をいつも用意しておくことがのぞましい。顧客から「○○の商品をください」と注文されたときに「在庫がなくて……」では、その顧客をライバル企業にとられてしまう。だから、いきおい、多めに商品や資材の在庫を抱えてしまいたくなる。

しかし、必要以上に抱えた不要不急の在庫は、維持コストを食う金食い虫であり、「ゴミ」と何ら変わらないのだ。しかも、いったんたまりだすと、そのゴミを一掃しようという意識がどんどん低下する。時間が経つほど価値が上がるのは、一部の骨董品や美術品くらいのもの。たいていの在庫は、時間の経過とともに時代遅れとなり、値段が下がっていく。

それなのに、こうした在庫の実態を、決算書は時として的確に反映していないことがある。在庫の評価について、2つの会計処理方法が自由に選択できたことが大きな原因だ。棚卸資産の期末時における評価額の決定方法については、

(1)「原価法」:棚卸資産の期末評価額を、取得時の支出額である原価を基準として決定する方法と、(2)「低価法」:棚卸資産の期末評価額を、決算日現在の時価と原価を比較して、いずれか低いほうを基準として決定する方法、のいずれかが認められていた。

問題は棚卸資産の期末評価に原価法を選択できたこと。「資産の含み損を隠すことになる」と批判の的になっていたのだ。そのことを図表の事例で考えよう。

期末時点で原価100億円分の商品在庫が残っていた。しかし、その時点で、時価は90億円に下落してしまっていた。もし、原価法を採用していたのなら、そのまま棚卸資産の価値が100億円あるという表示がなされる。

すると、バランスシートの右下に利益剰余金(利益のストック額)が50億円と表示されているが、棚卸資産の表示額100億円と時価90億円との差額分である10億円ほど過大表示になっていると推測される。つまり、バランスシートの左右で棚卸資産と利益剰余金の額が含み損の分だけ多く表示されて、真の姿が見えなくなる弊害が生じてしまうのだ。

これがもし、低価法による期末の在庫評価に置き換えられたらどうなるか。バランスシートの左側、棚卸資産の評価額は90億円と時価にそくした実態を表す。また、バランスシートの右側にある利益剰余金の額は40億円となり、慎重かつ健全な決算書の表示ができる。

このように、できるだけ含み損が資産や利益の額に隠れることがないよう、最近の会計基準は大きく変化している。その最たるものが、2005年度からの全面適用で有名な「固定資産の減損会計」だ。固定資産の収益性が低下して回収が見込めない場合、その価値の下落を帳簿に反映させるものだが、日本の会計基準を国際会計基準に近づけようとする動きはますます加速している。

棚卸資産の期末評価についても、08年4月以降に開始する事業年度からは、低価法に一本化することが決まった。しかし、東証一部の上場企業のうち、いまだ2割から3割程度しか低価法を適用していない。実際に「棚卸資産の評価に関する会計基準」が全面適用されると、決算数字に少なからぬ影響を受ける上場企業が数多く出てくるかもしれない。

(高橋晴美=構成 ライヴ・アート=図版作成 )