2015年10月23日(金)

「酔う」ことではなく「揺れ」を楽しむ。男前な酒の飲み方

dancyu 2013年10月号

文・バッキー・イノウエ 撮影・打田浩一

ちょっと昔に、熱燗には名前がないと書いたことがある。熱燗は徳利、またはチロリに入れられて出てくる。そこに酒の銘柄表記はない。だから、いい。店に行って、「あの銘柄のあの酒」を求めるよりも、「ここで飲むこの酒」に値打ちを感じるほうが男前だし、「何という酒を飲んでいるかも知らん」というほうがハンサムなのである。

薄造りをしてもらい、ねぎとみょうが多めのエンドレスぽん酢状態のところ。白木のカウンターにおちょこの輪が見える。うーむ、見事にわざとらしい。

その店の杯で、その店が使っている酒を適当にやる。またはええ加減にやる。そうすると、前に来たときと何が同じで何が違うかを感じ取れる瞬間がある。前回と今回の時空がつながるのだ。酒と肴が鏡になって、自分自身の変化がわかる。主人の違いもわかる。空気の揺れや流しの水の音の動きもわかる。1分が63秒や51秒になったり、1時間が48分になったりと時間の流れが前と違って感じることもわかる。そんな素敵なことが起こっている状況に、固有の銘柄の酒など求めていられない。要するに、酒を飲む場所には素敵なことがたくさんあるのだ。

「酒飲めば おちょこのしたに 輪ができる」という句を知ったのはいつだったかわからない。子供の頃だったのか20歳頃だったのか。誰に聞いたのか、どこかで見たのかわからないが、白木のカウンターで飲めばいつもこの句が出てくる。ついでに「ポン酢とネギでドリブル人生」という句も出てくる。「蓼食う虫も好き好き 蓼酢飲む客俺ひとり」も出てくる。

何だか酔っているようだな。酔うのは好きではない。好きなのは揺れなのだ。つながる時空なのだ。

その時空をいつも一緒に漂うのは、俺が好きなどこか生臭い魚の骨やヒレであることが多い。決して酒が主役ではないのである。主役は揺れである。

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バッキー・イノウエ