マークシートは丸暗記力と反復力しか問えない

【三宅】今年8月5日には、次期学習指導要領の改定に向けて、中央教育審議会の中間答申が出ていますが、そうした理解なくして、まさに大学入試改革だけ俎板の上に上げてもダメですね。

鈴木寛・前文部科学大臣補佐官。東京大学・慶應義塾大学教授。

【鈴木】個別の高校教師あるいは校長を見てみると、学習指導要領が強調する思考、判断、表現の向上に、すぐれた指導をしている人や学校があります。それにNPO団体なども含めて、意欲的に取り組んでいるのですが、なかなかメインストリームにならない。それはなぜかというと、要するに文部科学省の指導よりも影響力が強いものあるということですよ。それが現在の偏差値重視の大学入試にほかなりません。

よくマスコミでも取り上げられる「スーパーサイエンスハイスクール」という学校があります。これはすばらしい試みで、おそらくここから日本の科学技術を支える人材が輩出されることは間違いありません。ところが、そこの職員会議では、校長と教頭がいつも吊し上げに遭ってしまっている。「スーパーサイエンスハイスクールなんかやっていたら偏差値が上がらない」という理由からです。

このように、いくら学習指導要領を変え、高校ですばらしいモデル的なことをやっても、それが大きな動きになっていかないということで、やっぱり大学入試と一体的に変えていかなければいけないということがわかると思います。

【三宅】職員会議の光景が目に見えるようです。

【鈴木】大学入試改革の目的を一言で言えば、やはり“脱丸暗記”ですね。もちろん、基礎的な知識は暗記しなければいけません。大切なのは、その活用を考えることです。覚えることと使うことが一体化している。言い換えれば、暗記が思考や判断や表現に使われるようにしていくことです。では、思考、表現、判断を問うにはどうしたらいいかということなんですけど、それはやっぱり書くということですよね。だから、記述式の導入に行き着くわけです。

【三宅】なるほど、択一方式ではなく、論文方式にしていくと。

【鈴木】脱マークシート偏重です。マークシートも、ある程度は引き続きやっていくにしても、それだけでは丸暗記力しか測定できません。丸暗記力と反復力しか問えない。やはり書くということは非常に重要な知的活動で、知っていることをちゃんと分析統合しないと、文章って書けないんですよね。

例えば、5択問題だったら、ベッドに寝転がって上を向いてでもできる。けれども、書くには、きちんと姿勢を正して座って原稿用紙に向かわなければいけない。そして、いろいろ構成を考えたりするから、脳の知的活動のレベルがまったく違います。それはまさに、表現という崇高な作業です。

【三宅】ただし、採点のほうは大変になりますね。

【鈴木】大変です。だけど、これまでの日本は採点効率を重視して、その結果非常に底の浅い日本人を育ててしまったわけで、それはもう採点が大変だろうが何だろうが、22世紀まで生きる子たちに手間暇をかけようということですね。

私は、この2月にフランスに行ってきたんですけど、フランスは「バカロレア」という国際的な教育プログラムに沿って入学試験をしていまして、もう徹底的に書くテストになっています。問題が3つぐらい出題され、そこには哲学が含まれるんですよ。驚くことに、その哲学の問題が国民の関心の的になるらしい。毎年、問題が発表されると「今年の問題は良かった」とか「悪かった」とか、それを巡って国民が非常に盛り上がるそうです。そのときの基準は、フランスの共和制の価値を次の世代に伝えるという観点から論ぜられる。グローバル化時代というのはこういう人たちと競争して、さらに共創もしていかなければならない時代なわけです。