2012年、東京スカイツリーを設計した日建設計からお話をいただき、成田国際空港第3旅客ターミナルの構想に加わりました。まず直面したのは、一般的な空港の予算と比べてほぼ半分程度という予算の少なさ。ローコストで運営するLCC(格安航空会社)の場合、収益は決して高くないのです。だから乗客を誘導するためのサインになる光る看板や動く歩道を設置することさえもできない状況でした。さらに、最長でおよそ1キロメートルの長い通路をどうするかが大きな制約となった。日建設計との打ち合わせは、みんなで頭を抱えたところからスタートしました。

デザインした人 伊藤直樹(クリエイティブディレクター)

どうにも重たい空気の中であるアイデアが閃きました。通路を陸上トラックのようなデザインにしたらどうか――。旅を運動と捉えて、楽しさがあればいいと考えたのです。ターミナルの通路すべてを陸上トラックにすることで、デザイン自体が人を誘うサインの役目を果たすし、長い距離さえもポジティブに転換できる。その場の提案で満場一致の賛成を得られました。

もともと、サインを建築設計の中にあらかじめ組み込むことは決まっていました。一般的には建築が完成した後にサインをどこに入れるか決めていくことが多いのですが、それだとサインだらけになり環境空間としての建築が台なしになってしまう。でも、陸上トラックならシンプルに道筋を示すことができます。空に向かう青のトラックが搭乗口までの導線、陸を表す赤茶のトラックが出口までの導線とひと目でわかりやすい。しかも人は無意識に白線に沿って歩くので、列が大きく乱れることもなく自然と整列してもらえます。完成後、人の動きを見ても、立ち止まって話す人たちは誰に言われたわけでもないのにコースからいったん外れますから。

こうした利用者の無意識の行動を促す意味でも、トラックには徹底して本物感を追い求めました。白線の幅やトラックの色、ゴムチップ製の素材など、陸上競技場で使っているものと同じ仕様になっています。