そこでわたしは彼にアドバイスしたんですよ。「万年筆を買いなさい、5万円以上の物を。万年筆の扱いは難しいが、インクの濃淡でこころの揺らめきさえも表現できる優れた筆記具だ。万年筆を使いこなすことができて、はじめて一人前になれる」ってね。

彼はうちに来るために塾講師のアルバイトをやっている苦学生。それでも買いましたよ、万年筆を。その気持ちが気に入って、わたしは開高作品を徹底的に調べて、資料を彼にプレゼントした。自分への投資は必ずそれ以上のものが帰ってくるということを教えてやろうと思ってね。

今はサラリーマンの人もボールペンばかりでしょ、万年筆を持たないと。万年筆でメモ書きしてたら、話のネタにもなるし、品格が上がりますよ。

雑談のネタとしてお勧めの2冊、『人類の星の時間』(シュテファン・ツヴァイク みすず書房)と、『若者のすべて 1980~86「週刊プレイボーイ」風雲録』(小峯隆生 講談社)。右は万年筆コレクションの一部。

で、その彼なんだけど、サロン・ド・シマジに来た日は、閉店後に飲んで、大抵終電がなくなってしまう。その後1人でいろんなバーに行って、いろんな人と出会って、人生経験を積んでいるらしいよ。これもじか当たりだね。

サロン・ド・シマジでバーマンをしているときには、午後1時から夜の8時まで立ちっぱなしだけど、全然疲れないよ。最高の栄養剤があるから。それは何だと思います? 雑談ですよ。サロン・ド・シマジではいろんな人が雑談をしてるんです。もう、雑談の花盛りだね。

雑談はお互い心を開くサプリメントみたいなものだよ。ぜひ今日からバーに出かけて雑談をしましょうよ。もしかしたら素敵な出会いもあるかもよ(笑)。そうそうこの間、こんなことがあってね……(雑談はつづく)。

島地勝彦
1941、東京都生まれ。今東光氏、柴田錬三郎氏、開高健氏、瀬戸内寂聴氏、塩野七生氏など、大物作家を口説きおとし、「週刊プレイボーイ」に登場させ、同誌を100万部雑誌にした名物編集長。「PLAYBOY日本版」「Bart」編集長を歴任し、集英社取締役を経て、集英社インターナショナル代表取締役。2008年に作家・エッセイストに転身。伊勢丹新宿店でプロデュースする「サロン・ド・シマジ」の週末バーマンでもある。最新刊『お洒落極道』が12月1日に発売予定。
(浦澤 修=構成 葛西亜理沙=撮影)
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