2015年10月2日(金)

ニッポンのミートソースは、旨くて、楽しくて、奥深い!

dancyu 2013年10月号

文・小川剛 撮影・キッチンミノル

ミートソースと言えば、古い喫茶店の定番メニュー、くらいにしか思っていませんか。いやいや、ミートソーススパゲッティは、ニッポン洋食文化の代表の1つであり、「伝統」と「進化」が織り成す奥深い料理なのだ。

デミグラスソースの旨味とコクと、牛乳がからんでまろやかなスパゲッティとが絶妙の相性。大正時代から変わらぬ味、これぞニッポンのミートソーススパゲッティ。

そもそも、ミートソースはいつ頃から食されるようになったのか。

日本初のイタリア料理店は明治14年創業、新潟の「イタリア軒」(現「ホテルイタリア軒」)と言われる。当時、来日したイタリア人が始めたその店の看板料理は、今もメニューに残る“ボローニャ風ミートソーススパゲティ”。しかし、いつから供されていたのかは不明。

「私どもでミートソースを初めて出したのは大正時代。関東大震災の後にはあったようです」と上品な笑顔で教えてくれたのは、創業明治28年、銀座にある老舗洋食店「煉瓦亭」の四代目オーナー木田明利さん。

「私の祖父(二代目木田元次郎氏)は、日本郵船の船に乗っていたコックさんと一緒に店を切り盛りしていました。恐らく、そのコックさんが船の中で賄いか何かで煮込んでつくっていたものを店でも出すようになったのだと思いますね」

ミートソースに限らず、日本の洋食は明治期以降にフランスなどで修業したり、客船のコックとして西洋料理を覚えた料理人たちによってもたらされた。さらに第二次世界大戦後、アメリカで親しまれたイタリア料理などが、進駐軍によって持ち込まれた。ヨーロッパの洋食文化とアメリカ経由の洋食文化、ミックスカルチャーがニッポンの洋食なのだ。

たとえば、関西で初めてミートソーススパゲッティを出したとされる、兵庫県宝塚市のイタリア料理店「アモーレ アベーラ」。イタリア人のオラツィオ・アベーラさんが昭和21年に店をオープンし、翌年からミートソースを出した。今もほぼ変わらぬ味で提供している。

「進駐軍のベースが近くにあって、若い米兵の客が多かった。彼らの要望に応えてつくったのがアメリカのイタリアンフード、つまりステーキと付け合わせのスパゲッティでした。それが特製ミートソースという人気メニューになりました」と、二代目オーナーのエルコレ・アベーラさんは、当時を懐かしむ。

この連載記事のバックナンバー
トップページへ戻る

小川 剛