技術者だった頃は、図面さえうまく描いていればよいと思っていた。けれど、商品開発に携わるようになってから、いろいろな人を巻き込み、動いてもらうような企画書を書かないと仕事はできないと思い知った。

<strong>INAX社長 川本隆一</strong>●1952年、愛知県生まれ。早稲田大学理工学部卒。76年、伊奈製陶(現INAX)入社。半田工場に配属後、開発畑を歩く。常務取締役経営企画部長などを経て、2007年社長に就任。
INAX社長 川本隆一●1952年、愛知県生まれ。早稲田大学理工学部卒。76年、伊奈製陶(現INAX)入社。半田工場に配属後、開発畑を歩く。常務取締役経営企画部長などを経て、2007年社長に就任。

最初に手がけたのは、電源の必要がない自己発電型自動水栓の企画書だった。形式にこだわらず書き上げたが、綿密な調査を基にした熱意が伝わったのか無事に実現。第1回の省エネ大賞を受賞した。

理想的な企画書とは、何がなんでもやるという熱意を大前提に、正確かつ簡潔で、ポイントだけが表現されているものである。ここでいうポイントとは、「Why(なぜやるか)」「What(何をやるか)」「How(どうやってやるか)」の3要素のうち、読み手が必要なものだけをわかりやすく述べることだ。

たとえば、省エネ機器の開発がいまの時代に必要であることは、誰もがわかっている。こういった場合は、「なぜ」「何を」の部分は簡単にして、「どうやって」の部分を強調して書けばよい。そこに会社が置かれている状況、自分が持っている材料などを簡潔に盛り込んでいく。不可欠なのはコスト的な要素だ。どんなに魅力的な商品でも、ビジネスとして成立しない企画は論外である。

最終的に相手を説得するには、読み手が見たことも聞いたこともないものを、いかに上手な比喩で表現するかも重要である。

技術者として図面を描くときは、あらかじめ完成形のブループリントが頭の中にできているものだ。しかし部外者に説明するとき専門用語を使っても伝わらない。2009年4月発売の水まわり空間全体を統一した「CL」シリーズもそんな試行錯誤から実現した。広さに限りのある日本の住宅に収まる「無駄のない豊かさ」「本物の美しさ」といった要素を凝縮し、思いついたのが「コンパクト・ラグジュアリー」という言葉である。

必要なのは複数の要素や特徴を落とし込み、読み手を感覚的にひきつける一言だ。そのために、その機能や形態を何にたとえるとわかりやすいか考え抜くことが必要になってくる。人間の心の機微をとらえた一言こそが読み手の気持ちを動かす。そう、ものづくりという仕事は、そんな人の心の動きをつかみとる戦略なしには決して成立しないのだ。