企業が立地地域にとって
どんな存在になりうるか

海外からの回帰ではないにせよ、国内で新工場を作る前に、海外立地との比較検討を行う企業もある。冒頭で触れた「工場立地動向調査」は、最終的に国内立地を選択した理由を紹介している(図3)。その上位は、「良質な労働力の確保」「原材料等の入手の便」「市場への近接性」「関連企業への近接性」だった(複数回答)。

とはいえ、日本なら全国どこでもこれらの条件が満たされるわけではない。地域差があるのは当然だ。

「国内で立地場所を選ぶとき、大きな問題となるのが産業基盤です。生産のためのヒト・モノ・カネがそろっているか。まさしく労働力、原材料、関連企業の集積は欠かせません。市場への“D”(デリバリ)も課題。いま、とりわけ深刻なのは人材不足です」

残念ながら、生産拠点の海外移転により、産業基盤がもろくなった地域も存在する。

「とはいえ官民が精力的に動き、ものづくりの基盤を守ってきた地域も見られます。とある中小企業が中国の工場で、大半は日本向け製品の生産を続けてきました。国内回帰を目指して適地を探し、着目した地域があります。そこでは、発祥が江戸時代にまでさかのぼる金属加工業の伝統が堅持されていたのです。幸い原材料の入手も容易であり、同社はこの地域を高く評価しています」

ものづくり人材も、地域によっては高齢化や技術伝承の途絶が問題視される。一方、積極的に人づくりの体制を整え、立地先を選ぶ企業の評価眼にかなっている自治体もある。

このほか、今日の日本では地震など災害リスクの回避も、企業にとって立地選定の重要なポイントである。

「また企業側は、自社がその地域にとってどんな存在になり得るかを考えることも必要でしょう。既存の拠点では地元から頼りにされ、その分、手厚い支援も受けているかもしれません。新たな拠点の立地先でも、自治体側の優遇策を享受するばかりでなく、自らプレゼンスを発揮し、地域にとって大切な一社となることを目指すべきだと思います。例えば、自治体と連携して人材育成に努めることは、自社の利益にもつながります」

これからも向上する
JAPANブランドの価値

小沢氏は長年、広範な業種の企業の調査・研究・分析に携わり、近年は経営相談にも応じている。豊富な事例経験を踏まえ、日本の産業が進むべき方向を次のように提言する。

「日本は産業構造のサービス化を目指すべきという主張があり、私もサービス産業の重要性が今後さらに高まるだろうと考えます。ただ一方で、日本のものづくりは、ずっと残すべきだと思うのです。例えば、米国の産業と同じような変遷をたどることが日本にできるのか。私は、日本人のメンタリティとは相容れない部分が大きいように感じます。よい意味で『地道』な国民性。勤勉で手先が器用で、改善も得意。ものづくりは日本人に適していると思います」

これからの成長市場が海外に広がっている以上、適地適産を追求すれば、海外生産拠点のほうが絶対数として多くなるのは必然だ。が、だからこそ逆に“Made in Japan”を世界の市場へ送り出すことのアドバンテージは際立ってくる。生産の国内回帰とは、“Made in Japan”の価値を取り戻すことでもある。

「その価値は製造業に限定されないとも思います。サービスのノウハウも“Made in Japan”は優れている。ところが、これも日本人の国民性で、よりよいモノやサービスを少しでも安く提供しようと努力します。私は、質が高いなら価格も高くても構わないと思うのです。製造業でいえば欧州のスタイル。そのほうが、結果的にはあらゆるJAPANブランドを持続可能にし、ブランド価値をいっそう高められる。それが日本企業の強みになる。私はそう考え、さまざまな企業の成功に期待を寄せています」