「MBA」への傾倒は現場軽視の兆しか

なぜ、日本軍は閉じられた組織と化してしまったのか。根底にあるのは、異質を排除する精神構造だった。日露戦争での勝利という過去の成功体験への過剰適応が自己否定的学習能力を喪失させ、環境変化に対し自らを主体的に変える自己革新能力を欠落させた。模範解答をいかに多く習得できるかを問う教育制度と成績優秀者が超エリート層を形成する人事システムはそれを象徴した。

他方、米国軍の開放性の根底にあったのは、プラグマティズムだった。実践し結果が正しければ、真理と考える。「やってみよう」の実験主義が開かれた対話を生み、知の総合力を高め、勝利へと導いた。世界で初めて水陸両用作戦を開発した米海兵隊が、日本軍との戦闘毎に戦い方を進化させていったのはその典型だ。

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失敗の要因を「戦略」と「組織」から探る

太平洋戦争は、太平洋という巨大空間の地理条件が生み出す複雑で不安定な偶発性に機動的に対応した側が勝利した。屈指の戦略家であった作戦部長アーネスト・キング指揮下の米海軍は山本五十六が生んだ空海戦を概念化し、自らの戦略に取り込み、さらに洗練させた。そして、“動く基地”を擁した機動部隊と海兵隊により、前進基地を次々奪取してB-29による日本本土爆撃を実現。さらに潜水艦により日本軍の兵站線を切断。ついに、“太平洋との戦い”を征したのだった。

ここで戦後に目を転じれば、敗戦の教訓を得て、開かれた共同体に転じ、知の総合力を発揮し、飛躍的な成長を実現したのは日本企業だった。一方、米国企業は逆にMBA(経営学修士)取得者が策定する机上の計画が現場の実践と乖離するといった硬直化の傾向が進んだ。その傾向が日本にも波及している今、ダイナミックな共同体のあり方について再認識を促す意味でも『失敗の本質』の今日的意義を実感するのである。

一橋大学名誉教授 野中郁次郎(のなか・いくじろう)
1935年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造を経て、カリフォルニア大学バークレー校経営学博士(Ph.D.)。南山大学教授、防衛大学校教授、一橋大学教授などを歴任。近著に『全員経営』(勝見明氏との共著)がある。
(構成=勝見 明 撮影=門間新弥)
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