原発と半導体2事業への経営資源集中

私は仕事の付き合いもあったからよく知っているが、かつての東芝は不正会計が横行するような会社ではなかった。

田舎者の日立に対して、東芝は東京育ちのお坊ちゃんというイメージ。お坊ちゃんだからリスクを取るようには育っていない。それが仕事にも反映されて、どちらかといえばリスクを怖がる臆病な体質の会社だった。財務担当の役員はお金の面倒を見ていた旧三井銀行からしばしば派遣されていたから、会社の都合で会計に手心を加えるような仕掛けや慣習はなかった。社員もそこは神聖な領域と考えて事業に専心できていた。

そんな東芝が変わってきたのは西田元社長のあたりからで、「選択と集中」と盛んに言い始めたのだ。海外パソコン事業で頭角を現した西田氏は、05年の社長就任後に「選択と集中」を実践して経営資源を原発と半導体の2事業に集中させた。その一方で、東芝セラミックスや東芝EMI、東芝不動産などを売却し、第3世代の光ディスクであるHD DVD事業から撤退した。これが内部抗争の原因になる。

08年のリーマン・ショック後に半導体価格が急落して半導体事業は大きな赤字を記録。そこで原子力畑でウェスチングハウス買収に功績のあった佐々木氏が09年に社長に就任した。だが、11年3月の福島第一原発の事故で原子力事業も壁に突き当たる。それらの責任を巡って西田氏と佐々木氏の抗争が激化、それが各部門の利益の水増しにつながったのだろう。

東芝は典型的な事業部制の会社で、何でもありの総合経営、百貨店経営を長らくやってきた。そこに突如として「選択と集中」が持ち込まれて組織は変容してしまう。自分が担当している事業が選択・集中されるならいい。しかし、選択されなければお家が取り潰されるようなもので、社内浪人になるしかない。そうした選別は社内に「怨念」を残しやすいのだ。「選択と集中」によって生き残りをかけた派閥抗争が激しくなり、「選ばれる」ための利益至上主義が蔓延した結果、利益の水増し、粉飾さえも生き残りの手段として正当化されてしまったというのが、東芝の不正会計問題の本質だったように思う。