介護からスポーツの疲労回復へ転換

次の問題はできたPHT入り繊維をいかに布に織り上げるかだ。これも一苦労だった。微細とはいえ繊維から金属が飛び出しているため、編み込む針を折り、繊維が切れてしまうのだ。大手や中小の繊維工場に掛け合っても、機械が壊れるからごめんだと断られた。

しかし、その中で古い織機を使ってユニークな布や糸を作っている中小企業の経営者が「俺がやるしかないな」と引き受けてくれた。こうして、2007年にPHTを織り込んだ布が完成した。

「大型の量産織機にPHTの糸を通すと機械が壊れてしまうのです。いろいろと調整できるアナログの古い織機だからこそリカバリーウェアが織れる。新しいものがいいとは限りません」

喜び勇んだ中村が最初に作った製品は、実は床ずれ予防用のベッドマットだった。

「第1号マットが届いたときは、これでやっと勝負できるとバラ色の未来を予想していたのですが、全く売れませんでした。自分では営業力がある方だと思うのですが、1年間どれほど必死に営業しても注文はゼロ。もうダメかと思いました」

マットには確かに副交感神経の刺激効果はあったが、値段が10万円と高く、高齢者の家族は誰も買おうとしなかった。創業から3年間収入がなく、親族から資金を借り、介護や美容機器の販売代理で糊口をしのいだ。

マットは無理だとあきらめて、第2弾の製品として作ったのがヘルパーや施設スタッフ向けのウェアだった。日勤・夜勤の連続で体調を崩したスタッフたちの疲労回復にとTシャッツを作り、ある展示会に出展した。

そこから思いがけない展開になる。大手スポーツジムのバイヤーの目に留まり、会員向けに売りたいというのだ。そのジムには身体を酷使するアスリートたちがトレーニングに通っており、疲労回復は切実な問題だった。

2009年、「ケアウェア」の名でスポーツジムの2店舗でテスト販売すると、ジムのトレーナーが大絶賛、たちまち全40店舗で販売開始し、ひと月数百万円を売る大ヒットになった。中村はこれを機に、リカバリーウェアに向けて舵を切った。海外には衣料素材の着圧で血流を促すウェアはあったが、電磁波を活用したウェアは全くなかった。当時、借金は1億円に膨らんでおり、まさに土俵際だった。

2009年、かながわ産業振興センターの新規成長産業事業家促進事業の対象に採択され、東海大学との産学公連携事業として、運動後の休養に特化したウェアを開発。東海大学が疲労回復を裏付ける実証実験を行った。

2010年、リカバリーウェアとして販売開始、スポーツ選手などに口コミで広がった。

新宿伊勢丹のバイヤーが目をつけ、扱い始めると、2011年には新宿伊勢丹のスポーツウェア部門で1位になるほどヒットし、一般人たちへも広がっていった。

中村は今後、「リカバリー市場のパイオニアとして、日本発のリカバリー産業を輸出産業に育てたい」と抱負を語る。リカバリーウェアだけでなく、疲労回復という分野を産業化したいという。現在、リカバリーのエクササイズも考案し、スポーツジムなどと提携して事業化を進めている。新たな分野の健康産業を中村は作ろうとしている。

リカバリーウェアは中村という優れたベンチャー経営者と日本の中小企業のものづくり力の結集で生まれた。大手がリスクを恐れて新しいことに手出ししないという情けない現状を見るにつけ、リカバリー産業の創出は、実力ある中小企業が結集する日本の進む道を示唆しているように思える。

(本中敬称略)

株式会社ベネクス
●代表者:中村太一
●創業:2005年
●業種:リカバリー関連商品の開発、製造、卸、販売
●従業員:18名
●年商:5億円(2014年度)
●本社:神奈川県厚木市
●ホームページ:http://www.venex-j.co.jp/
(ベネクス=写真提供)
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