歴史に埋もれた記録か、隠ぺいされた記録か

終戦後、満州国は崩壊。38度線を越えて、現在の韓国側で終戦を迎え、日本に帰国した人もいる。それらの記録はいくつかあるが、北朝鮮側で孤立し、難民化した人たちの記録はこれまで皆無に等しかった。歴史に埋もれた記録だったのか、それとも隠ぺいされた記録だったのか。

常に、証拠と照らし合わせ、今なお生き残った人たちの証言を重ねながら、冷静な筆致でストーリーは展開されていく。時折、その当時、冷淡な日本政府の対応を史実に基づきながら書き進めているが、感情を排除した文章の中に、込み上げてくる怒りを感じずにはいられない。また、これまで黙して語らなかった人々が重い口を開き、心をようやく落ち着かせることができたのだと安堵する気持ちが行間から伝わってくる。

近年、ノンフィクションやジャーナリズムと呼ばれる作品は、史実に個人の感情が必要以上に加えられ、特定の見方に誘導するようなものが散見される。反権力を謳い、感情の赴くままに筆を走らせることは実は簡単で、史実を冷徹に書き進め、読ませるものを納得させることの方が何百倍も難しい。その困難な作業を、著者は涙を堪えて、時に嗚咽しながら書いたことは想像に難くない。だからこそ、良質なノンフィクションだと自信を持ってオススメする。

著者は、現役の新聞記者。かつて、ぼくは著者と共に週刊誌で政治取材などに奔走していた時代があった。内に秘めた正義感は熱いものの、常に斜に構え、クールな視線を送っていた。周囲から誤解を受けることもあったようだが、ぼくは彼の取材姿勢もその筆致も好きだった。

伯母が手記を出し、以来喉に小骨が刺さったような状態のまま時を過ごしてきた著者が、あるテレビ番組で伯母が疎開で過ごした郭山の地名を見ることになる。<歯車がカチッと音を立てて噛み合い、20年近くも揺るがなかった厚い壁が一気に崩れた。「当事者」として行動しなければならないと思った>瞬間、すべてが始まった。こうして、大量の難民、いや“棄民”とも呼ばれるほど酷い避難を強いられた人たちの閉じられていた記録は、ようやく陽の目を見ることになった。

戦後70年――。この原稿を書いている8月初旬、安保関連法案が参院で審議中だ。これから安倍晋三首相の戦後70年談話が発表されるといわれている。もし政府が、そして安倍首相が本当に日本の平和を願うのなら、本書を一読し、このような歴史の暗部に光を当て、心の底から平和を祈念する談話にしてほしい。

なお、本来ならこの原稿は8月15日までに掲載されるよう書き上げるべきものだったが、遅読、遅筆が故にタイミングがズレてしまった。関係者にも読者の皆様にもお詫びしたい。

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