2015年8月14日(金)

打倒クーラー! 胡瓜と茄子のドボ漬

京の台所、錦市場から

dancyu 2013年8月号

文・バッキー・イノウエ 撮影・打田浩一

夏は胡瓜と茄子のドボ漬である。これが何よりもうれしい。真っ白なごはんと一緒だと、なおいい。ごはんは炊きたてでも冷やでもおいしい。

ドボ漬などの漬かり加減を見ているところ。その日の温度や湿度、漬ける前の野菜の具合で毎日変わる。季節季節の漬物に触れるたび、日本はいいなと思う。

ちなみに、家で簡単に漬けるヌカ漬のことを京都ではドボ漬と言う。特に胡瓜と茄子のヌカ漬をドボ漬と呼ぶ人が多い。木の色の食卓に胡瓜の緑と茄子の紺がある夏の幸せよ。

そして、夏は窓を開けよう。外の空気を感じるほうが暮らしの実感があるはずだ。クーラーは切って、暑いけれど窓を開けてごはんを食べよう。酒でも飲もう。

冬は寒いので窓を閉めるのは仕方がないけれど、夏になっても窓は閉められたまま。なぜなら、クーラーをつけるから。それじゃ、つまらない。閉められた側も切ない。どの家の窓も閉まっているから人の気配、暮らしの気配が乏しい。通りを歩いてもつまらなくなる。

夏は暑いからこそ値打ちがあるのだ。酸味のある胡瓜や茄子に醤油や土生姜をからめて食べたくなるのは(ウマいのは)、汗をかくから。それは夏の暑さの賜物だ。それなのになぜ、クーラーを強くかけて冬にするのだ。クーラーで寒すぎる店で俺はいつも泣いている。わざわざジャケットやセーターを持って出かけるほどなのだ。クーラーがきいている店は、足下が冷えるので夏の着物やゆかたでも行くことができない。夏用のメッシュの革靴でもつらい。

暑い場所からクーラーのきいた涼しい所に入った気持ちよさはよくわかる、けれども、せっかく日本で夏を過ごすなら、夏には夏の服を着て、夏の音楽を聴いて、冷たいビールを飲んで、胡瓜と茄子のドボ漬(くどい?)をつまんで、「暑いのぉー」と呟くに限る。いろいろある、いろいろあるんです。

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バッキー・イノウエ