――1995年に、子会社だった米ロックフェラー・グループ社が連邦破産法11条を申請し、社として初めて赤字を計上するという非常事態を迎えました。

当時は様々な議論があったのですが、最後は大きく2つの立場に分かれました。当社が所有するマンハッタンのロックフェラーセンターにはビルが14棟あったのですが、破産法を申請すると12棟が借金の担保として取られてしまう。せっかく投資したのに、あまりにもったいないという意見が一つ。もう一つは、破産法申請を避けるためさらに新たな資金を調達するのは企業全体の健全性から見て望ましくないという意見でした。社長秘書だった私は後者の立場を後押ししたのですが、いったん退却して我々が健全性を保てるところから再スタートするという当時のトップの決断は本当によかったと思います。事業の担当者からすれば、もう一段の資金投下で何とかなるという思いは大いにあったと思うのです。しかし大切なのは、全体を見回して何が一番いい選択であるのかという視点に立つということなのです。

――現在もまた厳しい状況下にあります。そのような局面では、求められる人材やリーダーシップも変わってきますか。

リーダーシップの条件は様々ありますが、一つは単なる知識やノウハウではなく、洞察力、情報力、それらに裏打ちされた直感力も必要です。もう一つは人を巻き込む力であり、そのためには人間としての大きさ、あるいは優しさが必要です。加えて意思決定をするための決断力が求められます。最後は実行力でしょう。また、経験豊富な人は「いままでそんなことはなかった」と言うことがありますが、これからはそれを簡単に信じてはいけません。時代は大きく変わっていますから、経験をベースとしつつ、自分の頭で一所懸命考え、考え抜いて、この難局を乗り越える能力を磨くことが大切です。

その意味でいまの状況は人材の養成に適しています。縮小均衡でただ座って待つということではなく、足下を固めながらも次の時代の課題にチャレンジしていくのです。そのためには意思決定を速くしたり、決裁の権限をなるべく下に降ろしていくことも必要でしょう。チャレンジすることから新しい発想・技術も生まれ、人材も育ってくると思います。

最近、中堅管理職の皆さんが遠慮気味です。しかし例えば、私がある事柄を指示したとして、その範囲内のことだけをやっているのでは困るわけです。悩んでばかりいて、行動を起こそうとしない人もいます。もっと全体最適を考えてリーダーシップを発揮してほしいと思います。

いまはある意味で、平時でなく有事ですから、潜んでいるリスクも大きいと思います。それが現実のものとなったときにどう対処すべきかもよく考え、シミュレーションしておかなければなりません。

それをみんなで、一体感を持ってやりたいというのが、私の考えです。「アズ・ワン・チーム」、すなわち一つのチームとして、総力戦で取り組むのです。組織の垣根を越えて、縦のラインも横のつながりも全部巻き込んでいく。リーダーシップを発揮すべき人も、自分だけで行動するのではなく、リーダー同士でよく連携していくことが重要です。

(中村尚樹=構成 芳地博之=撮影)