天下国家を語ろうよ

【渡辺】あと、いわゆる自虐史観と呼ばれている、自国のネガティブな面だけに焦点を当てるのも不十分。反対に中国の歴史教科書のように自分たちの失敗については一切述べないような虚栄の歴史教科書も明らかにおかしい。だからこそ、歴史教育を考える視点として、やはり「自分が歴史物語の主人公だったら、どうする?」というような当事者意識が芽生えることが大事だと思う。現代は、天皇は象徴であり、主権は国民にあります。主権者である国民が、国家を自分事として決断していくには、客観的な記述だけではなく、主観的な見方と合わせて、歴史を多面的に見ることが重要だと思います。

渡辺 徹氏

【竹田】戦後の70年間はタブーが多すぎて、うかつに自分の意見を述べると社会的に抹殺されるような雰囲気があった。だから客観的に突き放すことでしか、歴史を学ぶことができなかったのでしょう。しかし、最近強く思うのは、日本をとりまく空気が明らかに変わったことです。安倍晋三総理がワシントンの米国議会で講演したときに謝罪の言葉を述べなかったのに、スタンディングオベーションで評価され、アメリカ人は受け入れたわけですよね。むしろ、その時期に公表されたアメリカの世論調査では、6割以上の人が日本はこれ以上謝罪などしなくてよいと答えている(笑)。

【渡辺】戦後70年総括は、その前の70年、つまり明治維新以降から遡って考えないと絶対にできない。戦前の70年は何かというと、欧米の帝国主義に対して日本が抵抗した歴史でした。その結果としての大戦と戦後についての国内での総括が、時期が早すぎれば戦勝国との軋轢を生みますし、解決しえない。でも70年たって扉がようやく開かれてきたのかなと思うので、現代を生きる我々が多面的に振り返る重責を担っていくと思いますね。

【竹田】実は明治維新の総括だって、ものすごく時間がかかったのです。明治維新の負の部分のことを語ることが許されるようになったのはようやくここ10年ぐらいです。そういう意味では、先の大戦や戦後について本当に自由に総括できるようになるのは、あと70年かかってしまうかもしれない。それでも、だんだん自由に議論できるようになってきたように思いますね。

【渡辺】その意味でも、次の選挙やポストばかり気にする政治家ではなく、温故知新の精神で歴史を振り返り、国家100年の計を語る本物の政治家が必要だし、政治を志す身(次世代の党所属)として、自分もそうなれるよう研鑽しなければと思います。

【竹田】最後に当事者意識という話へ戻ると、やっぱり国民一人ひとりも天下国家を語らなきゃいけないと思うんです。例えば幕末維新のときだって、別に天皇ではなくったって坂本龍馬ではなくったって、日本の未来をみんなで真剣に語っていたわけですよ。

【渡辺】まさに国民が天下国家を語るのが民主主義の本来あるべき姿。自分こそが、連綿と連なる歴史物語の現代の主人公だという意識があれば、政治も、日々のニュースも、全く違う受け止め方になるはずです。

(野田 数=構成 奥谷 仁=撮影)
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