このため一部では「TPP参加で日本の酪農が壊滅し、国産牛乳が飲めなくなる」との主張もある。しかしこれは誤りだ。飲用向けのフレッシュミルクは劣化しやすく、海外から大量に輸入するのは難しい。またバターに関しても、チーズと同じく、特色のある国産製品への需要はあるだろう。問題は、競争と成長を退け、保護と現状維持ばかりを志向する日本の農業政策そのものにある。実際に国内の酪農家はここ10年で35%減少し、生乳生産も12%減っている。TPPとは無関係に、すでに日本の酪農は衰退の危機に瀕している。「バター不足」はその現象のひとつに過ぎない。

最大の問題は、牛から搾られる生乳の流通が、「市場経済」ではなく「計画経済」の仕組みである点だ。生乳は「指定生乳生産者団体制度」にもとづき、日本を10地域に分け、毎月、事実上の集乳数量上限が決められている。酪農家は原則、生乳を指定団体に売ることが義務づけられている。指定団体は乳業会社や食品会社と交渉したうえで、飲用乳、脱脂粉乳・バター用、チーズ用など用途別に異なる価格で売り渡す。

生乳はそのままでは長く保存ができない。取引価格は飲用向けが高く、バター用など加工向けは安いため、集められた生乳は、まず飲用向けで買い取られ、余った生乳がバター向けとなる。しかし生乳の生産量が減っているため、2010年度以降、バターの需要を国内生産だけではまかなえず、海外からの輸入に頼る状況が続いている。関税が高いため、バターの輸入は、政府の「農畜産業振興機構」が事実上、独占している。政府は今年5月に1万トンの緊急輸入を決め、10月までに追加輸入を計画しているが、仕入れが安定しないことなどから(※1)、小売店では「1人1個まで」といった制限をかかげる店が多い。民間の需要を予測するのは難しく、結果として今回のような「バター不足」が頻発している。