イノベーション・ファシリテーターとは、変革を起こす対話の場をつくるプロである。いま、行政、企業、自治体、NPOなどでひっぱりだこだ。さまざまな立場のステークホルダーが組織の枠を超えて手を結び、一緒に新しい未来をつくり出す新しい方法とは? 元祖イノベーション・ファシリテーターの野村恭彦さんと、未来のビジョンを発信し続けているコンサルタントの神田昌典さんが語り合った(全2回)。

想いを引き出して言語化する

【野村】私は新規事業を起こしたいというクライアントの仕事をする機会が多いのですが、どんな新規事業をつくりたいのか、その見当すらついていないことが少なからずあります。担当の方に「どういう事業をしたいのですか?」と尋ねると「売れるビジネスをつくれと言われています」とか、「何十億円のビジネスを新たにつくらなきゃならないんです」という返事が返ってくるのです。「なんのために」とか、「どうしたい」という方向性がそこから出てこないのです。

【神田】新規事業を立ち上げるということが大きく会社の全社的な戦略に関わってくる場合もあります。例えば、旧来の人事制度を見直さないかぎり新規事業なんて立ち上がるはずがない、といったことが対話から見えてくるのです。新規事業を立ち上げた人が社内で評価されず、片道切符で出向させられるような状態だとしたらうまくいくはずがありません。いまは会社の一部門が全社に与える影響というのがすごく大きい。「問いを立てる」というプロセス自体にしっかりと時間をかけることが重要なんです。

神田昌典氏

【野村】人の問題と新規事業の問題というのは、すごく絡み合っていますよね。ですから私がまずやるのが「問いづくりのセッション」です。そこで何をするかというと「あなたはひとりの人間としてなにをしたいのか?」について対話するんです。「なんのためにこの会社に入ったのか?」「そこでどんな価値を提供したいのか?」、「生活の中では何に問題意識があるのか?」。そうやってみんなで話しているうちに、だんだん想いが言語化されてきます。

興味深いのは突き詰めて話をするとやはりその会社らしい問いが出てくること。そこに社外のステークホルダーを呼んできて、一緒にセッションをする。そうすると社外の人が尋ねるわけです。「なぜソフトウェアをやっている会社の問いが、“家について”なんですか?」と。そこから問いを立てた会社の社員による熱いストーリーがはじまるんです。ストーリーに想いがあると、社外のステークホルダーも自分たちにできることはないか、一緒に何かやれないか、という気持ちになります。

【神田】そうですね。ファシリテーションは人々の思いを引き出すためのスキルでもありますが、実は非常に科学的なものだと思うんです。ソーシャルフィジックスという分野があるのですが、これは人の行動というものがどのようなプロセスで誘発されるかということを分析する学問です。

最近MITメディアラボのアレックス・ペントランド教授が書いた『Social Physics(未訳)』という本を読んだのですが、それによるとたとえば依頼ごとへの反応は、コミュニティにおけるインセンティブが働いた場合は、そうでない場合に比べて8倍行動に結びつくという実験結果があるそうです。わかりやすく言えば選挙行動。いわゆるネットでどんなに呼びかけてもあまり反応がないけれど、自分がソーシャルでつながっている人に「投票に行ったよ」と言われると、投票率が4倍ぐらいに高まる。そしてさらに「みんなで行こうよ」という呼びかけがあると8倍高まるという話なんですね。