2015年7月24日(金)

なぜ近畿大学は「クロマグロ完全養殖」に世界で初めて成功したのか?

dancyu 2013年7月号

文・尾関友詩 撮影・堀隆弘

大阪万博が開催された1970年、近大は当時養殖は不可能と言われていたクロマグロの完全養殖研究に着手する。クロマグロの生態はまったく明らかにされておらず、研究者たちは何度も壁にぶち当たったという。

水揚げするため電気モリが打ち込まれた。生簀は直径30m、水深10m。この中を何匹ものクロマグロが同じ方向に泳ぎ続けている。 参考資料/『マグロをそだてる』(江川多喜雄著、アリス館刊)

天然のヨコワ(クロマグロの若魚。別名メジ)を採集し、飼育するために生簀へ入れる。最初は、たったこれだけのことでつまずいた。ほんのわずかの間だけ水から出したり、人の手で触ったりしただけで死んでしまうほど、ヨコワは弱い魚だったからだ。この問題は「魚を手で持たずに外せる釣り針」をつくることでクリアできたが、難題は尽きなかった。

初めての産卵は研究を始めてから、なんと9年目。1979年に160万個の卵を採集できたが、最も長生きしたもので47日、わずか59mmまでしか育てられなかった。

1983年からの11年間は産卵させることすらできず、研究は完全に暗礁に乗り上げたかのように見えた。この時期、近大の研究を支えたのは、それまでに養殖に成功していた魚たちだ。養殖をビジネス化し、その売り上げで研究費を賄ったのである。

1994年、久しぶりに産まれた卵を孵化させ、水槽から海の生簀に1872尾の稚魚を移すことができた。ところが、またもトラブルが発生する。たった1カ月で稚魚は43尾に減り、8カ月後には、すべての稚魚が死んでしまったのだ。原因は、生簀の網にぶつかったことで背骨が折れる衝突死。車のヘッドライトが海面を照らしただけでパニックを起こすほど、マグロの子供は繊細だったのだ。

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尾関 友詩