日蓮は災いが起こると警告した

おそらく、島田氏や参加僧侶の脳裏には『立正安国論』の一節が去来したに違いない。というのは、最大震度7という激しい揺れと直後に押し寄せた巨大な津波は、日蓮がこの国家諫暁の書の冒頭で示した正嘉元年(1253)の大地震をはじめ、多くの天変地夭を彷彿とさせたからだ。彼らは、その原因に思いを馳せたことだろう。

島田氏は、この本の第4章を「日蓮が『立正安国論』を著した理由は何か」に当てている。結論からいえば、法然による念仏を撲滅させるためだった。『立正安国論』で日蓮は、誤った教えが巷に跋扈しているのを許せば、災いが起こると強く警告した。ここには実践者としての日蓮の面目が躍如としている。

日蓮はあえて念仏を攻撃の対象にしているが、これは広義に解釈すれば人心の乱れといっていい。念仏が教える死後の西方極楽浄土は、夕焼け空の美しさともあいまって、当時の民衆には、かなりの説得力を持って迫ったことだろう。けれどもそれは、現世からの逃避であって、人々から生きる意欲を奪う。現代に置き換えれば、マネーゲームに奔走する拝金主義的な生き方といえなくもない。仏教では、民そして国に徳が無いと災害を招くと説いているのだ。

だが不思議なことに3.11後、日蓮系の宗派や政治団体が『立正安国論』に言及して、このことに警鐘を鳴らすことはほとんどなかった。あまりの被害の甚大さに、ただただ立ち尽くしていただけなのか……。しばらくして、ようやく東日本大震災と『立正安国論』を取り上げる動きはあった。いずれにしても、こうしたときこそ、大局観に立ったメッセージを発信すべだ。そのことが日本人の覚醒を促せば、民衆救済に生涯を賭けた日蓮の志にもかなうということである。

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