同じ判断ミスで患者さんを失ったら引退

そうはいっても、私も人間ですから、いつか、メスを置く日が来ることでしょう。一緒に手術をしている医師や看護師には、「私の判断力や技術に衰えを感じたら、遠慮なく指摘してくれ」と常々話しています。また、前にも書いた通り、同じ判断ミスで2人続けて患者さんを失ったら、潔くこの世界から足を洗うと決めています。その覚悟が、とにかく1人ひとりの患者さんの手術に全力投球する原動力になっているのかもしれません。

難しい手術になればなるほど、手術中は判断と選択の連続です。特に、患者さんが高齢で他に病気を抱えているのであれば、よりスピーディな判断が求められます。実際に、秒単位の一瞬の判断で結果が変わってしまうことがあります。手術中は、その都度、経験と知識を総動員して判断を下し前へ進んできました。それでも、これまでの手術の中には、自分が患者さんのために最善の道だと考えて選択したのに結果が伴わず、患者さんが亡くなってしまったことがあります。命をつなぐことができなかったというのは、理由がどうであれ外科医にとって敗北です。自分の無知や経験不足が招いた事実を真正面から受け止め、何が原因だったのか手術の流れを振り返り徹底的に分析し、二度と繰り返さないと決意します。そして、「もう後がない。今度同じミスで患者さんを失ったら引退しろ」と、自分に〝角番″宣告をするのです。

そのくらい自分に厳しくなければ、患者さんの命を預かる資格はないと考えています。私の医局の医師たちには、「覚悟のない外科医は手術をしてはいけない。手術をするなら自分の命をかけるくらいの気持ちで臨むべきだ。自分に厳しくなれ」といつも檄を飛ばしています。

残念に思うのは、世の中には覚悟のない外科医が存在していて、最近、そのような医師が引き起こす医療過誤の報道が後を絶たないことです。独りよがりや目指すゴールを誤った治療計画での手術をして、結局患者さんによい結果をもたらせない、それどころか術後に苦しめるだけ苦しめて患者を失ってしまうような外科医は、全く許せません。医師として医業停止処分にするだけでなく、社会からも処罰を受けて当然と考えます。現在の刑法では死刑判決に際して「永山基準」という判断基準が存在しますが、いくら執刀医が悪意の存在を否定しても、死亡数、術後合併症の重症度、健康保険との整合性などが極端な場合には刑事訴訟に移行させる基準を設けて犯罪性を追及していいとさえ思っています。

これからを担う若い外科医たちには絶対にそういう医師になって欲しくありませんし、同じ轍を踏まないようにしなければと自分にも常に言い聞かせています。これからも、より厳しい状況に自分を置いて、多くの患者さんを救うために、さらに進んでいく決意です。

天野 篤(あまの・あつし)
順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授
1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。
(構成=福島安紀 撮影=的野弘路)
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