2015年7月14日(火)

覚悟のない外科医は手術をしてはいけない理由

天皇の執刀医Dr.天野篤の「危ぶめば道はなし」【10】

PRESIDENT Online スペシャル

著者
天野 篤 あまの・あつし
順天堂大学医学部心臓血管外科教授

天野 篤1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。

執筆記事一覧

順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授 天野篤 構成=福島安紀 撮影=的野弘路
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生まれ変わっても心臓外科医

世の中の学生達にとっては待望の夏休みを目前にしていますが、受験生にとってはまさに天王山とも言える季節となってきました。また、高校野球の地区予選もまっただ中です。出揃った代表校による熱戦とともに夏は盛りを過ぎて、優勝校が決まると、にわかにヒグラシの鳴き声が高らかになって秋めいていく季節感は日本ならではと思います。過ぎゆく夏とともに、宿題に追われて深夜放送が心の友となっていた我が青春時代は、ほんの少し前の出来事だったようにさえ感じられます。

順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授 天野 篤

日本の夏ではありませんが、熱しやすく冷めやすい性格の私が医師を志したのは、自分の興味が継続できる領域で知識と経験の蓄積が世のため人のためになる仕事だと確信したことがきっかけで、特に外科医という職種に自分ほど向いている人間はいないと考えたからです。もちろん、心臓病だった父を自分の手で治したいという気持ちもありましたが、外科医を続けているのは社会の役に立っている実感を持てているからです。

医師という仕事は、1つ新しい知識や技術を身につけたら、何人もの患者さんを助けることができます。その先にある新しい発見や新薬開発は何百万人、何億人の命に貢献するでしょう。他にも社会貢献できる仕事はたくさんありますが、特に心臓外科医は、手術をして患者さんの命を救うことで、患者さんや身近にいるご家族に喜んでもらえ、行った結果が分かりやすい形ではっきりと見える仕事です。私は、社会貢献が目に見えて実感できる心臓外科医としての仕事にやりがいを感じていますし、私たちの世代を体を張って守り育んでくれた高齢の患者さんたちに恩返しできている自分に誇りも感じています。もし生まれ変われたら何を目指すかと問われれば、迷うことなく「心臓外科医」と答えるでしょう。

現在も年間で450例程度の心臓手術を自ら執刀していますが、実はもうすぐ還暦になるこの時期まで現役でいられるとは、30代~40代のときには想定していませんでした。私の先輩外科医の多くは、40代後半から50代になると視力の衰えや指先が震えることを経験するようになり、50代半ばにはメスを置いて第一線から退いていったからです。私が40歳くらいのときには、「心臓外科医がメスを持っていられるのは55歳くらいまで」と公言し、メスを置いたら、医師の足りない地域や離島へ行って「へき地医療」に貢献したいと本気で考えていたくらいです。

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