ご存じのように、IBMはビッグブルーという呼び名で親しまれている。それは中国語では「藍色巨人」と訳される。私が初めてIBMを身近に感じたのは1999年、北京のITブームを取材するために、中関村を訪れたときだった。とにかくその事業の巨大さに圧倒された。

のちに、私がずっと追いかけていた中国のパソコンメーカーである聯想(のちに、レノボという社名で知られる)がIBMのパソコン事業を買収したとき、ちょっとばかりその巨人の身長が縮んだように思われた。しかし、それでもこの会社には今も畏怖に近いほどの敬意を感じている。

たとえば、伊豆・天城高原に、天城ホームステッドという研修施設がある。毎年夏、森に囲まれたこの施設に、普段多忙な生活を送っている各分野のエグゼクティブが集まり、世の中の最新動向とその研究結果、知見と情報の交換に熱い議論を交わす。

実はこの勉強会は、日本IBMの主催である。進出先の国にこんなに深いところまで入り込んでいるにもかかわらず、IBMは黒子に徹した役割を演じているのだ。

数十年前のこと、著者のロバート・クリンジリー氏は当時のIBMのCEOに「最先端のユーザーインターフェース・テクノロジーの開発と利用に関する、対等なパートナーシップ契約」を申し出た。数日後に返事が届き、著者はIBMの6人のエンジニアと対面することになったという。

会合をセッティングしたのは、ほかならぬIBMのCEOだ。そして、エンジニアたちは、懸命に自らの案を売り込む当時の著者に、「自分たちが勉強不足でちょっと恥ずかしい」と言った。

こう書くと、気の短い読者なら「莫は何を言いたいのか」と怒り出すかもしれない。だが、少しだけ辛抱してほしい。実をいうと、著者ロバート・クリンジリー氏は当時、まだ8歳の子供だったのだ。

こんなに謙虚かつ強大だったIBMは、著者が言うように、巨象が倒れるごとく凋落していくのだろうか。

現実を見ると、パソコン事業をレノボに譲渡した後、サーバー事業も同じレノボに売却している。それをもって凋落と見るなら、凋落していると言うこともできるだろう。

だが、藍色巨人と仰ぎ見られてきたIBMが果たして本当に倒れるのかは、もう少し多くの事例を把握し、時間をかけて分析しないと結論は出せないと私は思う。その意味では、本書をお読みになった読者のみなさんのご意見をぜひ聞かせていただきたい。

ただ、藍色巨人が近年、中国を含め世界中の企業から相次いで挑戦を受けていることは事実である。その中で、いつまで「巨人」の地位を守り抜くことができるのか。これからも大きな関心を持って見守っていきたい。