“コツコツ努力で成功”根性論が天才をつぶす

早くに道を限定しない環境は大事である。一方で、子どもの才能をつぶさないもうひとつの重要な点は、時間さえかければ必ず一流になれるわけでもないということだ。「どの分野でも1万時間訓練すればプロになれる」という“1万時間神話”がスポーツの世界ではまことしやかにささやかれている。

過去に、オーストラリアで実際にこの1万時間神話を信じ、実行しているサッカー・コーチに会ったことがある。そのコーチが最初にやったことは、八歳の子どもに対してサッカー以外のスポーツを禁止することだった。これはまさに早期に専門を絞ることの危険性を体現しているような状態だった。

『スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?』(デイヴィッド・エプスタイン著 早川書房)

ところが調べてみると、この1万時間という数字は、実は30人程度の音楽アカデミーのバイオリニストへの調査から導き出されたものだった。しかも、調査の母体はすでにトップレベルにある人たち。これでは、神話がバイオリニストになりたい多くの子どもたちの現実となることを証明はできない。

現実には、個人差がかなりある。3000時間で国際的なレベルに達する人もいれば、2万5000時間訓練してもそのレベルに達さない人もいる。平均的な数字にとらわれると、個人差を理解するときの障害になってしまう。1万時間訓練したので、そのレベルに達しているはずだ、という錯覚に陥る。それを自分の子どもに強いることは、非常に危険なことなのだ。