東横インの中途採用は「支配人募集」をうたっている。ホテル一軒の運営を担う支配人は、フロントなどほかの職種とは異なり、経営者的な適性が求められるという考えからだ。そのため、採用された人はフロントなどを経ることなく、研修後すぐに支配人としてホテルに赴任する。それを不安と思うか、チャンスと見るか。

佐藤の場合は後者だった。

「前職では私はナンバーツーだったとはいえ、決定権を持っているのは社長でした。仕事に関してよく意見しましたが、それを採るかどうかは社長が判断します。私は前職にある間ずっと、『自分がトップだったらどう行動するか』を考え続けてきたんです」

だから、裁量権の大きい東横インの支配人になったときは「大変だけど、やりがいがある」と実感した。

どう「大変」なのか。支配人の仕事は、基本的にはフロントや清掃などのスタッフを取りまとめ、日常のホテル業務を回していくことだ。クレーム処理などのイレギュラーな事態にも対処しなければならない。だから支配人たちは、会社支給の携帯電話を夜寝るときも枕元に置いている。

それだけではない。東横インの新人支配人はほとんどが業界未経験。佐藤のように既存店に入社する場合、ベテランのフロントや清掃スタッフのほうがホテル業務に通じている。佐藤は部下たちの心をつかみ、実務の理解を早めるために、フロントや清掃や備品の修理といった現場に積極的に出ていき、一緒に汗を流したという。

「ふつう、支配人はこういうことやりませんよねえ」そう笑うスタッフとともに、工具を手に備品の修理を進めたこともある。通常業務に加え、部下の仕事を手伝うのだから佐藤の負担は相当なものだ。最初のころは「心が折れそうになることもあった」と彼女はいう。だが、これが長年考え続けた「トップだったらどう行動するか」の解答だった。

1年以上が過ぎた今、佐藤はホテル業務の隅々にまで精通し、部下との間に家族のような親密な関係をつくることができた。ホテルの中は、いきいきとした空気に満ちている。