妻ががんになって気づいたこと

近い将来、妻が亡くなるようなことがあっても、悲しむだけ悲しんだ後は、「普通の夫婦と同じくらい、ともに時間を過ごせたじゃないか」と自分に言い聞かせようと思っています。このような覚悟を決めておかないと、やっていられないところがあるのです。夫婦の時間が多くつくれるのは、私が自宅で仕事をしているからです。といっても私の場合、貧乏暇なしの不安定なだけで、いいことはあまりありません。妻に心配ばかりかけているのですが、夫婦の時間がたくさんつくれることに関しては、この仕事をしていてよかったと思っています。

平日、休日に関係なく、妻とはよく健康のために近所を散歩します。その様子は、まるで老夫婦のように見えるかもしれません。特に楽しんで散歩しているわけではないのですが、それでも散歩の途中で知り合いに会うと、「いつも仲がよくてしあわせそうでいいですね」と笑顔でいわれることがよくあります。苦笑するしかないのですが、そのたびに見慣れた近所を飽きもせず散歩できるのも妻と一緒だから、ということに気づかされます。

まだ40代なのに、老夫婦のように近所を散歩できる妻と一緒になれた私は、たしかにしあわせ者なのかもしれません。このことは妻ががんにならなかったら、気づけなかったと思います。近い将来、がんに効く薬が発明され、50歳になっても、60際になっても妻と散歩することができるようになったら、どれだけ素晴らしいだろう、と思わずにはいられません。

【関連記事】
末期がんから自力で生還した人たちが実践している9つのこと
「がんからの生還者」から学ぶ「治る人」の共通点
娘はまだ6歳、妻が乳がんになった
消えもせず増殖もしない「遅行がん」との付き合い方
「がんが消える」患者は決してゼロではない