お見舞いに来てほしくない入院患者

手術は午前に行われるとはいうものの、起床してから手術までの時間、なんとも重苦しい時間が流れます。私も胆のう摘出手術を受けたことがあるので、初めて手術を受ける妻の緊張、不安が痛いほど伝わってきました。ただ、全身麻酔での手術は、麻酔が効いてから目覚めると、すでに手術は終わっており、病室のベッドの上です。手術中の意識はないため、怖いことはないのです。私はそのことを何度も妻に話し、安心させようとしました。

手術の時間となり、妻が歩いて手術室へと向かいました。私の場合、手術室まで滑車のついたベッド(ストレッチャー)で運ばれたため、患者が歩いて手術室へ向かうことに違和感を覚えました。ドラマでも患者が手術室へ向かうシーンはストレッチャーが定番なので、なおさらだったのかもしれません。

後で聞いたのですが、手術室へと向った妻は、すぐに手術とはならず、控室で待たされたのです。しかも、そこには手術の順番を待つ人が4人もいました。抑えきれない不安を感じた妻は、手術室で麻酔をする前に、執刀医でもある主治医の顔を見たいと麻酔医に告げ、主治医が来てくれたことで落ち着くことができたのです。

手術は成功し、ホッとしたのですが、右乳房を失った妻のことを考えると、単純によろこぶことはできませんでした。妻は、「胸がなくなるのではなく、病巣がなくなるんだ」と自分に言い聞かせて手術を受けましたが、やはり右乳房を失ったショックは大きく、看護師に「傷跡がきれいですね」といわれても、「なんの慰めにもならない」といっていました。

乳がん患者に「切ったら治る」というのは禁句です。「切る」というのは部分摘出であっても「乳房を切り取る」ことを意味するからです。自分の身体の一部が切り取られてショックを受けない人はいません。しかも乳房の場合は、自分の目で確認できる場所で、女性の象徴でもあるのです。

手術後、多くの人がお見舞いに来てくれました。しかし、妻は感謝しながらも、人と会う気分ではなかったのです。それほど右の乳房を失った悲しみが想像を超えていたのです。妻の場合、乳房だけでなく、すでに髪の毛も眉毛も失っています。放っておいてほしいという気持ちが生まれるのも、無理はないのかもしれません。

ただ、主治医が摘出した乳房を調べたところ、画像診断では引っかからない小さながんが飛び散っていたため、やはり全摘出したのは正解でした。たしかに結果からすればよかったのですが、妻の悲しみを考えると、複雑な気持ちにならずにはいられませんでした。

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