2015年8月1日(土)

私が妻の抗がん剤治療に付き添わない理由

ドキュメント 妻ががんになったら【6】

PRESIDENT Online スペシャル

著者
桃山 透 ももやま・とおる
フリーランスライター

1968年、大阪府生まれ。ビジュアルリテラシー(東京支部)所属。大学卒業後、金融系会社の営業、コピーライター、出版社の編集者、業界新聞の編集長を経て、独立。主にビジネス書、実用書、医学書関連の執筆・編集・監修に携わる。得意なジャンルは整理術、手帳術で、著書に『サクッと1分間 整理・ファイリング術』などがある。

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フリーランスライター 桃山透=文
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がん患者のなかに、健康な人が混じると

腫瘍・血液内科がある階の長い廊下を突き当りまで歩いていくと、外来化学療法室があります。ここで抗がん剤治療が行われているのです。

この部屋のドアはいつも開かれたままで、少し奥まったところに受付があり、なかの様子は、外から見えないようになっています。部屋を囲むようにして、立派なリクライニングチェアが20台ちょっと壁側に並んでおり、すべてカーテンで仕切られています。

各仕切りには、天井から番号のプレートが吊るされており、カーテンが引かれているところでは、抗がん剤治療が行われているのです。

妻の抗がん剤治療が始まってから3週間に1度、私は妻とともに、この外来化学療法室に通っていました。妻が座るリクライニングチェアの横に折りたたみイスを置き、毎回2時間ほど妻に付き添っていたのです。必要に応じて妻に、口内炎と味覚障害の軽減に効く氷や、飲み物を渡したり、身体の末端に抗がん剤が溜まらないようにするための手足にするアイスグローブをつけたり、膝にブランケットを掛けたりするなどしていたのです。

平日の午後ということもあってか、ここで会う患者のほとんどは女性でした。痩せ細っていかにも具合の悪そうな人でも、妻のように付き添ってもらっている人はごく少数で、そのことが不思議でなりませんでした。付き添いがいれば、少しは不安もやわらぐはずなのに、と思ったからです。ただ、通院に付き添ってもらう人はめずらしくないみたいですが、なぜか外来化学療法室まで付き添ってもらう人は、滅多にいなかったのです。

何度か妻の抗がん剤治療に付き添っていると、その理由がわかったような気がしました。患者のほとんどが、髪の毛が抜け落ちた頭を隠すためウィッグやケア帽子を被り、痩せ細って顔色が悪く、肌も荒れているのです。もし私が逆の立場だったら、付き添いの人とはいえ、見られるのは嫌ではないか、と思ったのです。ましてや患者のほとんどが女性です。実際、私を見て少し驚いたような顔をする人もいました。外来化学療法室の看護師のなかにも、私が妻に付き添うと、少し困ったような顔をする人がいました。

これらのことからすると、私が妻に付き添うのは、大げさなのかもしれません。下手をすれば、無神経なのかもしれません。

妻が主治医に仕事を辞めたことを伝えると、「どうして?」といった答えが返ってきたことからしてもそうです。働くことで気持ちに張りができる、と主治医は考えていたのです。私には、がん患者が働くのは過酷なことに思えましたが、実際、がんになっても働き続ける人は、めずらしくないみたいです。これらのことを考えても、私が妻に付き添う必要はないように思えました。

そのことを妻に話してみると、「たしかにそうなのかもしれない」という答えがかえってきました。もし外来化学療法室の患者で、私の存在にストレスを感じている人がいたら、配慮が足らなかったことになり、大変申し訳なく思います。妻の場合、抗がん剤治療による副作用は、ほかの人と比べると軽いほうなのですから。

外来化学療法室は医者でも看護師でもない健康な人が、足を踏み入れてはならない聖域なのかもしれません。ここのドアのすぐ横に、長イスが置かれていることを考えても、余程なことがない限り、私のような健康な人は、ここで待っていなければならないのかもしれません。本当のところはどうかわかりませんが、それ以来、妻の通院に付き添っても、抗がん剤治療には付き添わないことにしたのです。

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