理想とする状態を具体的にイメージできているか

フィードバックの重要性を示す一つの調査がある。米国の家庭医に関するものだ。医学部を卒業して家庭医になったあと、心音を聞いて患者の病状を診断する能力は時間がたつほど低下することがわかった。家庭医の診断を受け、専門医による治療が必要だと判断された患者は別の病院へ移る。家庭医は自分が下した診断が正確なものであったかというフィードバックを得られないために、上達が見込めないどころか、技術力の低下を招いたのだ。

「持って生まれた才能によってプロフェッショナルになるのではなく、日頃からの『質の高い実践』が技能を向上させ続け、熟達のプロセスを辿るのだ」と、エリクソン教授は言う。

チェスであれスポーツであれ、あるいは仕事であっても、試合中、または仕事の最中だと反復練習はできないし、うまくいかないときにも調整は少しずつしか行えない。一方、本番ではなくトレーニング中であれば、一度手を止めて考えることもできるし、難度を上げながらの反復練習もいくらでもできる。フィードバックをもとに新たな試みに挑戦することも可能だ。これらのことから、本番を繰り返すよりも、事前のトレーニングのほうが重要だということが理解してもらえるだろう。

また、頭の中に強いイメージを持つことの重要性も知っておいてもらいたい。チェスのプロはすさまじい記憶力を持っているといわれる。かつてのチェス世界チャンピオンであったアレクサンドル・アレヒンは同時に30人のプレーヤーと、しかも自身は盤面を見ない目隠しチェスという形式で対決し、そのほとんどに勝利した。チェスのトッププレーヤーはこのように抜群の記憶力を持つが、それは先天的なものというわけではない。それはチェスの駒の配置を記憶するテストでも証明されている。実際の対戦でありうる駒の配置の場合、初心者と熟達者の間では記憶力に大きな開きが見られるが、駒をランダムに配置した場合には、両者の正答率に差は表れなかった。

この結果は何を意味するのか。チェスの熟達者はこれまでのトレーニングで試合運びや盤面のイメージが頭の中にできあがっている。だから実戦に即したかたちであれば高い記憶力を発揮できるものの、あらゆる場面でその能力が使用できるわけではないということだ。逆に言えば、頭の中にイメージができあがるほどの訓練を行っていれば、熟達者になりうる。ということは、経営者を目指す人は、自分が理想とする経営者像を思い描く必要がある。

では、そのあとはどうしたらいいのか。自分が理想とするものの具体的なイメージを思い浮かべたら、その理想像に近づくために何が必要か考えてパフォーマンスを行う。自分が行ったパフォーマンスを客観的にモニターし、理想像と比較する。その結果から今の自分に何がたりないのかを考えて、再び実行する。このようなサイクルを繰り返すことで、イメージの定着が図れ、自身の能力も向上し、少しずつ理想とのギャップが埋められていく。