二人がまだ「やり遂げていない」もの

チャンコーチはスパルタ指導だそうだ。「キミが勝ちたいと思わないなら、ぼくは何も教えないよ」と言い、錦織が嫌いだった反復練習をとことんやらせているそうだ。反復練習で基礎部分がしっかりできれば、あるいは課題だった体力がアップすれば、それが自信になる。そういうものだ。

準優勝に輝いた昨年の全米オープンの際、錦織が口にした「もう勝てない相手はいない」とのコトバは自信に満ちあふれていた。経験を積めば、「勝つ方法」も磨かれていく。ゲームの中での相手との駆け引き、力の出し方、抜き方、つまりは自分の力の最大の生かし方ということである。

結果、錦織は強くなった。タフになった。世界ランキングは今週、6位に後退したが、昨年より体力がつき、今年は大会をけがで欠場していない。安定感が増した。一段階、テニスのレベルが上がったとみていい。

25歳の錦織はこれまで、アスファルトの上に合成樹脂を張った「ハードコート」が得意だった。全豪オープン、全米オープンはこれ、である。でも、今季は赤土の「クレーコート」でも力を発揮し、バルセロナ・オープンで優勝し、先のマドリード・オープンでも4強入りを果たした。

今月24日から始まる全仏オープンはクレーコートである。チャンコーチが制したことのある思い出の同オープンで錦織が初の4大タイトル獲得を目指す。チャンコーチがかつてテレビでこう、言っていた。「僕らはまだ、やり遂げていない」と。

松瀬 学(まつせ・まなぶ)●ノンフィクションライター。1960年、長崎県生まれ。早稲田大学ではラグビー部に所属。83年、同大卒業後、共同通信社に入社。運動部記者として、プロ野球、大相撲、オリンピックなどの取材を担当。96年から4年間はニューヨーク勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。日本文藝家協会会員。著書に『汚れた金メダル』(文藝春秋)、『なぜ東京五輪招致は成功したのか?』(扶桑社新書)、『一流コーチのコトバ』(プレジデント社)など多数。2015年4月より、早稲田大学大学院修士課程に在学中。
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