しかし、そう簡単に話は進まなかったのだという。

「相続人の一人がスンナリ判子を押さなかったんです。すると、日本の法律だと、相続人全員に対して裁判所から連絡がいっちゃうんですね。通称『特送』と呼ばれる特別送達郵便が相続人全員に送られるのですが、持分譲渡を認めないような人は、大体、居留守を使って、特送も受け取らないことが多いんです」

受け取りを拒否し、時間稼ぎをすれば、相手が根負けして、遺産分割金を引き上げてくるとでも思っているのだろう。そして、弁護士としては、相続人の一人に特送の受け取りを拒否されると多大な手間が生じる。

「受け取りを拒否されると、我々は、その相続人が本当にそこに住んでいないのか、あるいは居留守を使っているのか現地調査をし、裁判所に『現地調査報告書』を作成、提出する必要が出てくる。そして、相手が住んでいることが疎明できれば書留郵便等に付する送達(書留郵便等で送付し、発送したときに送達したものとみなされる送達)を進め、強引に相手が『受け取った』とみなして『欠席裁判』に持ち込むことはできます。でもこのケースは、そこまではしませんでした」(代理人弁護士)

一体、なぜなのか?

「特送を送るべき相続人が40人を超えており、しかも全国各地に散らばっている。その費用対効果を考えると、とてもお引き受けできませんでした」(同)

多忙な弁護士に探偵のようなことをさせるにしても人を雇うにしても、当然のことながらコストがかさむ。そんなことから、「相続人が多数いて合意が得られないときは、多くの場合、『放置』しか手だてがない」(同)のだという。具体的に、放置とは、どのようなことなのか。

「相続を断念し、土地は死んだお爺ちゃんの名義のままにしておくということです。ただ寝かしたままの状態では固定資産税を取られるだけですから、依頼人には、その土地を駐車場にして、その上がりで税金を賄うのが合理的だと勧めています」(同)

野澤弁護士によると、大都会にやたらと「ミニ・コインパーキング」が多いのは、こうした「遺産相続の“放置案件の残骸”」が多いためだという。