会社を経営していると、思わぬ外部環境の変化に戸惑うことがあります。しかも、そこで対応を誤ると、取り返しがつかなくなることも少なくありません。しかし「変化はチャンス」でもあり、上手に生かせれば業務拡大にもつながります。

例えとして、蒲鉾などの練り物を手がける会社の例を挙げてみましょう。ここでは、これまで商社を通してスケソウダラなど原料となる白身魚をカナダやアラスカから買って加工していました。そのほうが、安定した品質の材料が手に入るからですが、円安が急速に進行して、魚の輸入価格が高騰し利益を圧迫するようになってしまいました。

そこで、同社では海外の漁業生産者から直接購入することを考えました。しかし、輸入業務のノウハウがないし、直接交渉に当たる語学堪能な社員もいません。八方ふさがりの状況に直面して、そこのトップは、事態の打開をなかばあきらめかけていました。

義経に学ぶ「あきらめない心」

しかし、そんなときは、一ノ谷の合戦での源義経を思い起こしてください。1184年2月、義経は一ノ谷に陣を構えた平氏の不意をついて討つために、背後の山上に出ました。そこから平家の陣までは断崖絶壁。しかし、義経は土地の者から、ここを鹿が通ると聞き、「鹿の通るほどの道、馬の通わぬことあるべからず」と叫んで、配下を引き連れ一気に駆け下り、平氏の軍勢を蹴散らし、勝利に導いたと伝えられています。

つまり、最初から無理だとあきらめてしまっては、何ごとも成功しないのです。もし、海外調達をすると決めたのであれば、アラスカへ自ら乗り込んで「これだけのスケソウダラを売ってほしい。価格はいくらで」と頼み込むべきです。遠い異国の地であっても、誠心誠意当たれば道は必ず開けます。

ただし、その際にも堅実な収益管理は必要です。買い付けの値段だけでなく、日本に運ぶための船舶の傭船料のように、それまではなかったコストも発生します。加えて、外貨建ての取引なら為替相場も考慮しなくてはいけません。

京セラも最初は苦労しました。ファインセラミックスという新素材を開発し、松下電子工業(現パナソニック)のテレビブラウン管の絶縁材料として使ってもらいました。しかし、いつ注文がなくなるか不安で、次々と新しい製品を開発しなければなりませんでした。その過程で数字の重要さを掴んでいったのです。その意味で海外進出は現在の会計システムの精度を高めていくきっかけにもなるはずです。

稲盛和夫
1932年、鹿児島市に生まれる。55年京都の碍子メーカーである松風工業に就職。59年4月、知人より出資を得て、京都セラミック株式会社(現京セラ)を設立し、現在名誉会長。第二電電企画、KDDIの設立、JALの再建にも携わる。