2015年5月15日(金)

ルーチンランチ派と平日の昼のすき焼き

京の台所、錦市場から

dancyu 2013年5月号

文・バッキ―・イノウエ 撮影・打田浩一

昼飯のポイントは早く食べられることと、ほぼ毎日通っても飽きのこないことだと、数年前にそんな昼飯哲学を必死で書いたことがある。そのせいか、俺は昼飯に誘われることが少ない。あの人はいつも同じ店にしか行かないと思われているのか、スポーツ新聞や週刊誌を見ながら食べる行儀の悪い奴とは行きたくないのか、本当のところは知らないけれど、夜は大変よく誘われるのに、昼はほとんど誘われない。

昼に街場で食べる、ひとりすき焼きは格別だ。ひとり昼飯にはスポーツ新聞が必須である。夜に新聞持ち込みはダメだ。昔からある店にはもっと行かなあかんと思う。

毎日決まった時間に、ほとんど同じ店に行って、いつも同じ新聞を読みながらメシ、というルーチンランチ派な俺でも、行動パターンをガラッと変えることがある。スパイだから変えるのではない。あそこへ行きたい願望と、あれを食いたい願望が夏の入道雲のように突然ムクムクと盛り上がってきて、そこへ向かわせるのだ。行き帰りに時間がかかるところへはさすがに行かないが、自転車で10分という範囲を限定すれば、かなりの店へ行くことができるのが京都のいいところ。錦市場から岡崎「おかきた」のうどん、四条室町「亜樹」の洋食、二条「鳳泉」のエビカシワソバ、松原「おやじ」の焼そば、通称タカバシの「第一旭」本店のラーメンは、昼飯圏内にある。

すぐ近所にも入道雲が湧いてくる店がある。寺町京極の「キムラ」ですき焼き。間口の広い玄関で靴を脱ぎ、下足番から札をもらって赤い絨毯が敷かれた階段を上がる。ガランとした広間に金巻の卓袱台とガスコンロ、天井にはピンクの蛍光灯。あの空間のあの感じで、しかも平日の昼でなければならない。懐かしい家族のご馳走の匂いがする。それは過ぎていった時代や見失った何かと繋がっていそうな気がするからか。すき焼きそのものよりも、そこでのひとり感を求めてしまう。

有り難いことだ。昼飯も一日一回しかない。

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バッキ―・イノウエ

錦天満宮から西へと真っすぐ延びる道幅3m、長さ約400mの通りに130軒ほどの店が並ぶ錦市場。その東端にある漬物屋「錦・高倉屋」店主。