夫への不満がわが子に向かう

1. 夫とうまくいっていない

夫婦というものは協力して子育てに当たるということが必要であるが、うまくいっていない夫婦にはこれが難しい課題になる。

妻は孤独に陥りながらも、産んだ責任上、誰よりも子育てをがんばろうとするのであるが、がんばろうとする気持ちの中に「夫への不平不満」が渦巻いてしまう。そのストレスを「怒り」という行為で発散させようとするのであるが、往々にして怒りの矛先が「わが子」に向かうのである。

子どもは背景を敏感に感じ取っているため、母が本当に必要なときに必要なことを自分のためを思って怒っているのか、それとも単なるストレスのはけ口にしているのかくらいは簡単に見破るのである。

これを続けると子どもは両親を尊敬しないどころか、完全に見限る。

2. 高学歴の夫を持つ

夫が高学歴、あるいは親戚一同が高学歴、しかも自分自身(妻)に学歴コンプレックスがあるような場合は要注意である。

その家庭、或いは親戚縁者の中では大学と言えば「○○大学」を指し、ひどい場合には中学校と言えば「○○中学」しかこの世には存在しないという環境にあるケースも非常に多い。

妻自身がその学校に行くという「価値観」をこころから納得していれば問題ないのであるが、プレッシャーが先に立ってしまい、盲目的に「その学校」を目指さなければならないと自らに課したときに落とし穴が待っている。

わが子を見ずに「○○学校」を一心に見ている状態だからだ。自分の意地のために何が何でもと思う焦りがわが子への怒りに繋がりがちだ。学校はわが子に合わせるべきであり、わが子を学校に合わせようとする日常にするならば破たんは早い。

3. ママカーストの犠牲者

ママ社会は「カースト制」で出来ているのであるが、その「カースト」を敏感に嗅ぎ取り、その世界に順応しようとがんばる母は注意が必要である。

狭い世界で自分の家庭の格付けを勝手にくだし「上だ」「下だ」と比べることが、わが子への「怒り」に変わりがちなのだ。

子どもの教育は「見栄」のためにやることでも、誰かに褒められるためにやることでも、ましてや誰かの誹り(そしり)を免れるためにやることではないということを肝に銘じるべきである。