ところが、そんな生活が2011年4月に急変しました。夫ががんを告知されたのです。医師の見立ては、手術はできるとのことでしたが、手術をすれば治るという明確な言葉はありませんでした。

その瞬間、私には一生こないだろうと思っていた心境の変化が起きました。これまでの自分の人生は、全部このときのためにあったんじゃないか。そんなふうに思いました。何のためらいもなく、私にとっての優先順位が、仕事から家庭へと変わってしまったのです。

もっとも、当時の私は一部上場企業の社長ですから、重責を担っていました。ましてや、DeNAは、本気で世界一のインターネット企業を目指す企業です。私のような凡人では120%全力投球しても足りない仕事……。それを、家族が重病とはいえ、「家庭優先」で片足を突っ込んだような状態でやるのは無責任なのではないか――。

11年5月、社長退任の会見で、新社長の守安功氏と。

こうして私は、社長退任の決断をしました。もともと私は、その1年後の12年に社長を退任することを目標としていたため、後継者は育っていました。現社長の守安功は、日頃お世辞を言わない私が絶賛してもなお足りないほどの大天才。人選に迷いはありませんでした。手術を終えた夫にも退任の意思を伝えると、「悪いな」とだけ言って受け入れてくれました。

こうして夫婦2人で闘病生活に入ると、私は病気について徹底的に勉強を始めました。術後の治療法について国内外の専門家に相談し、本を読み漁る。DeNAの創業メンバーの一人も、膨大な論文を読み込み、検討すべき治療法を教えに、わざわざ住まいのロンドンから駆け付けてくれました。また、病院の先生とも信頼関係を築くことができ、何でも相談することで、実際、いくつかの治療法を試しました。