言葉にすると簡単ですが「体直く」は、現代人にはかなりきつい姿勢・動作です。試してみてください。たとえば、椅子に座った状態で胸を張り、背筋を伸ばした姿勢を何分続けられるでしょうか。あるいは、その座った姿勢から、上体を真っ直ぐにしたまま立ってみてください。現代では、椅子から立ち上がるとき、上体を前傾させ、弾みをつけて尻を持ち上げるのが一般的な動作です。それに対して礼法では、前傾姿勢をとらず、上体を直立させたまま「風のない日に煙が空に立ち上るように」立ち上がります。大腿筋、腹筋と背筋もしっかり使わないと立てないことがわかると思います。

礼法は諸大名や上級武士たちに殿中でのふるまいを指導するものですが、基本は前述の通り、日常生活の中での足腰の鍛錬。幼いころから礼法に則った生活が当たり前だった武士たちは、現代人とは比較にならぬほど強い筋力、体力を持っていたと思います。

気品と思いやりを感じた旧厚生官僚

小笠原夫妻が指導する礼法の教室。立つ、歩く、座るという基本動作から座布団の進撤、扉・障子・襖の開閉、硯箱の扱いなど多岐にわたる。「気がついたら、道端で“行き逢いの礼”をやっていました」(教室の男性)。

礼法の所作は、武道でいう「型」と同じです。筋肉の動きに反しない、無理や無駄のない自然な体の使い方や物の扱い方を体得することが基本です。

たとえば、お辞儀の仕方にもきちんとした呼吸法があり、動作に呼吸を合わせるのではなく、呼吸に動作を合わせると滑らかで美しいお辞儀になります。また、相手の呼吸に合わせてお辞儀することが大切で、それが「心を通わせる」ことに通じ、敬意として相手に伝わります。

これに対して現代の作法やマナーは、体の使い方よりも、手順が重視されています。お辞儀の仕方も、上体を傾ける角度が何度、頭を下げているのは何秒間という具合に数字で教えられます。しかし、手順だけを身につけても、基本の体の使い方ができていなければ様になりません。相手を敬う心も伝わらない。そこが伝統的な礼法と現代の作法の大きな違いです。

そのように、立ち居振る舞いはその人の品格を表し、相手への誠意を示すもの。立ち居振る舞いを見れば、その人の誠実さや、己を厳しく律して鍛錬してきた人かどうかがわかります。