国家認識を持つ際、右に倒れないように

──本書を通じて思うのは、「これからもいい日米関係を築けるか」ということだ。

【浅田】日本とアメリカがどうしても一致しない点がある。個と集団のあり方だ。日本は国土が狭くてみんなで肩を寄せ合って暮らすため、集団の利益が優先される。一方、アメリカは広すぎて集団行動が難しく、個の利益が結果的に集団の利益になるという考え方をする。話すときも、日本ではまわりの迷惑になる大声が不道徳とされるが、アメリカでは相手に届かない小さな声が不道徳とされる。こうした違いは、国土のかたちが変わらないかぎり存在し続けるだろう。だから、なんでもアメリカのほうを向けばいいと考えるのは間違い。僕らは日本人であり、彼らとは違うのだという自覚を持ったほうが、うまくやっていけるだろう。

──ISIL(イスラム国)によって日本人が殺害された。現代の悲劇を考える際にも、本書で述べられている歴史的視点は必要か。
ISIL(イスラム国)による日本人人質殺害事件は、日本の軍国化のきっかけになるのか。(写真=AFLO)

【浅田】今年1月、安倍晋三首相がイスラエルで演説をしたが、イスラエルは時の英国首相チャーチルとアメリカによってつくられた国だ。そうした経緯から、この演説はイスラム圏に悪印象を与えた可能性もあるだろう。「イスラム教徒とキリスト教徒の問題に、関係のない仏教徒(の日本)が首を突っ込んできた」と感じたイスラムの人も多かっただろう。安倍首相の演説が事件の直接的な引き金になったかどうかはわからない。ただ、歴史的事実を踏まえれば、イスラエルだけでなく、(アラブ諸国の)ヨルダンやイラク、シリアでも演説をしないと、外交のバランスが取れないことになる。

日本は伝統的に欧米史観に従ってきたが、そろそろ脱却しなくてはいけない。僕が中国の清朝末期を舞台にした小説『蒼穹の昴』を書いたのは、欧米史観に疑問を持ったことがきっかけだった。客観的に見れば、中国を植民地化しようとして、アメを持って近づいてきた欧米列強のほうが悪いに決まっている。ところが僕らは欧米史観に従って、西太后は悪女だというイメージを植えつけられてきた。アラブの問題も同じで、欧米史観に従って考えると間違える。かといってイスラム史観に立つこともできない。結局、日本人は自分たちの「日本史観」を確立するしかない。国家認識を持つとは、そういうことだ。

──「日本史観」を持つにあたって、私たちが気をつけなければいけないことは何か。

【浅田】日本固有の史観を持とうとすると右に倒れやすく、気をつける必要がある。たとえば最近、「不敬」なんて言葉を時折聞くが、どこから出てきた言葉なのか。まるで亡霊が復活してきたようで、いやな感じがする。その人が冗談で言っているならいいのだが、もし本気で言っているのなら要注意だ。こうした風潮に歯止めをかけるのが、僕がいま会長を務めている日本ペンクラブの役割の一つだと思っている。

国民も、安易な国家認識に飛びつかないように自ら歴史を学んで国家というものを考える必要がある。それと同時に哲学も学んでほしい。哲学は、自分の世界観をつくるうえで欠かせないからだ。

作家 浅田次郎
1951年、東京都生まれ。95年『地下鉄(メトロ)に乗って』で吉川英治文学新人賞、97年『鉄道員(ぽっぽや)』で直木賞、2000年『壬生義士伝』で柴田錬三郎賞、06年『お腹召しませ』で中央公論文芸賞と司馬.太郎賞、08年『中原の虹』で吉川英治文学賞、10年『終わらざる夏』で毎日出版文化賞を、それぞれ受賞。著書に“天切り松 闇がたり”シリーズや『プリズンホテル』『蒼穹の昴』『ハッピー・リタイアメント』など多数。最新刊は『ブラック オアホワイト』。
(村上 敬=構成 榊 智朗=撮影 AFLO=写真)
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