はっきり言って、近年、中国に出張する際は、日本に生活基盤をもつ中国人と一緒に行きたくない。移動中にずっと愚痴を聞かされるのが嫌だからだ。

中国へ帰るチャンスがあったのに、躊躇した結果、日本に残ってしまった。あの頃帰国した仲間が今、金持ちになっている。あるいは、海外に出ず中国に残っていた大学の同級生たちは今日うらやましいほどリッチだ、といった話ばかりだ。

自ら選んだ人生の道を後悔しても意味はない、前進するのみだ、と私は毎回説得したり諭したりする役目を負わされることになる。が、かといって、なぜ日本でこれだけ一生懸命働いているのに、全然豊かさが感じられないのか、という彼らの質問に、うまく回答を見出せない。

誰もが東京にマイホームをもっているし、年収の額は中国に残った人に比べ劣っているわけではない。それでも豊かさを感じられない理由は、住宅の面積の狭さや休みの少なさ、物価の高さなどにあるだろうと思う。

1990年代初頭、拙著『新華僑』を書くため、東欧を含めたヨーロッパ5、6カ国を取材した。所得が日本在住の私に遠く及ばない現地在住の中国人も、地元の人々と同じく広い家に住み、優雅に暮らしている。生活のゆとりが細かい日常から滲み出ているのを肌で感じた。

日本に帰ってからの1カ月間は大変だった。働く意欲を失い、時差ボケを口実に毎日何もしなかった。それほど受けたショックが大きかったのだ。

そんな私が、野口悠紀雄氏の『世界経済危機 日本の罪と罰』を読んだとき、強く共鳴を覚えた。野口氏は米国スタンフォード大学滞在中に、近くの山の中にある住宅で下水が逆流して家の中が水浸しになってしまったという記事を読んでびっくりしたという。日本では、別荘のような住宅では公共下水道でなく、浄化槽や簡易下水道を使うのが普通だからだ。山の中ですら下水施設が行き届いているほどインフラ整備にお金が費やされている。そんな米国の豊かさを感じた野口氏は、日本の貧困に嘆きを放った。世界2位の経済力をもつ日本は、経常収支黒字を生活を豊かにするために使えなかった、と野口氏は憤る。

このような問題意識をもつ同氏は、「円高こそが、経済成長の利益を日本人が享受するための自然なルートなのである」と円高容認論を展開する。そして、円安誘導を中心とした日本の経済政策は消費者の立場を無視し、輸出業者の利益ばかりを重視した結果そのものだと主張する。

なぜこのような経済政策になったのかについては、日本の中核産業をなす自動車や電機などの輸出産業の、政治や世論に対する立場が消費者のそれより圧倒的に強いからだ、と一刀両断している。そして、野口氏は1ドル70円で収益が上がる国際的に開かれた国になるよう、日本経済の構造大転換を求める。

ここで、もう1冊、感銘を受けた本を思い出した。榊原英資氏の『強い円は日本の国益』だ。年明けのテレビ番組で、今年を占う3冊の本の1つとして本書を取り上げたのだが、榊原氏は、円安を求める製造業は日本のGDPの4分の1しか占めておらず、多くの産業はむしろ円高を求めると主張する。

なぜ円高是認論にばかり私がなびくのか。90年代初頭に欧州で垣間見た、豊かなはずの日本にはない「ゆとり」が発端となっているのかもしれない。