13年3月、当社は伊勢丹新宿本店を改装しました。世界一の売上高と入店客数を誇る旗艦店です。ただ、それにふさわしい環境空間を提供できているかといえば疑問でした。そこで、お買い物に訪れたお客様にも、世界一のワクワク感を味わっていただけるようにしようというのが、改装を決めた最大の理由です。

百貨店の常識にとらわれず環境と空間を優先した店づくりを進めようと、あえて業界とは無縁の気鋭のデザイナーを起用しました。予想どおり、これまでにない斬新な案が提示され、現場のバイヤーとの衝突が起きました。しかし、お互い議論を重ねたことで、陳列商品点数は12%減ることになりましたが大胆で贅沢な内装を実現できました。

商品数が減れば、売り上げが落ちてもおかしくありません。ところが実際には、10%以上も販売額が伸びました。環境空間と売り上げの関係を定量的に分析するのは簡単ではありませんが、以前にも増してお客様がリラックスし、ワクワクしながら買い物を楽しめるようになったことが一つの要因だと思っています。

12年9月にオープンした伊勢丹新宿本店メンズ館8階の「サロン・ド・シマジ」にも、私の持つ近未来の百貨店像が投影されています。元「週刊プレイボーイ」編集長で作家の島地勝彦さんにお願いし、島地さん本人がシェーカーを振るバーと、島地さんのセレクトによる売り場を設けたのです。

それがただちに利益につながるかといったら、そうではありません。マーケティングを駆使し、売れ筋商品をそろえておく従来のやり方に比べたら非効率でしょう。しかし、魅力的な人物のライフスタイルや価値観に触れることで、新たなものの見方や興味が広がり、それが大きな市場に育つということは珍しくありません。いまはまだ注目されていなくても、大きな花を咲かせる可能性を秘めた種を探し、それを2年、3年かけて育てるほうにこそ、大きなビジネスチャンスはあるのです。

もちろん、すべての種が芽を出すわけではありません。だから、世の中の隅々にまで目を向け、できるだけたくさんのビジネスの種を集めてくることが大切なのです。