大島はこう強調する。彼女らが収集した情報や、消費者目線の感性を製品づくりに生かした例も少なくない。たとえばシャンプー類の詰め替え容器は、濡れた手でも使いやすいように年々進化しているが、その際に意見を真っ先に求められるのは、生活者コミュニケーション部の面々だ。

それだけではない。新製品を発売する際には、電子化してからでも30年分になろうかという過去のクレーム情報を分析し、たとえば使用法のうち消費者からの誤解を招きそうな部分など細かい問題点を徹底的に洗い出す。発売前に、クレーム内容のなんと8割については“想定問答集”ができあがっているという。

スタッフが困っていそうだと気づいたら、呼びつけるのではなく、すぐにそばへ寄って行き声をかける。

スタッフが困っていそうだと気づいたら、呼びつけるのではなく、すぐにそばへ寄って行き声をかける。

とはいえ、仕事の基本は消費者と直に対話をすることだ。想定していなかった問題が発生することも少なくない。何人もの部下を指揮するチームリーダークラスでさえ、たった一言のクレームで心の中が真っ暗になり、仕事を続ける自信を失ってしまうこともあるという。

そんなとき、すっと寄ってきて「辞めたくなっちゃったでしょう?」と慰めてくれる上司がいたら、どんなに心強いことだろう。

「私を含め、ここにはストレス耐性の強いスタッフが多いのですが、それでも、参ってしまうこともあるんです。そのサインを見逃さないようにしています」

あくまでもにこやかに、大島はいう。自身のクレーマー体験については「覚えていないんですよ」と受け流すが、「一言」の怖さを十分に承知しているからこそ、うつ状態に陥りそうな部下を察知し的確にフォローできるのである。

大島は85年秋の中途採用で花王の生活科学研究所に入り、以来、消費者対応の部署でクレームや意見を受け止め続けてきたスペシャリストだ。

東京・杉並で生まれ育ち、お茶の水女子大で化学を専攻したあと企業や大学で医療機器の開発に当たったが、夫の転勤で大阪へ移り、いったんは退職し家庭に入った。環境問題に心を痛めていたこともあり、専業主婦だった2年の間に、できたばかりの消費生活アドバイザーの資格をとる。

「私はラッキーなんですよ(笑)。ちょうど東京へ戻った年に、消費者問題に関心のある人にはたいへん有名だった生科研が中途採用を始めました。私は社会人としてはブランクがあるので、本来は不利だったはずですが、このとき採用されたのは、たまたま医療関係の経験者ばかり。つまり前職が生きたんです」

だから「ラッキー」だという。大島は常に前向きなのである。