変化の感覚と「新しい何か」

“みみ”をつける大人たち

卒業イベントは、市長も参加し、新聞もテレビも取材が入る「オフィシャル」な催しでした。でも、オフィシャルなものが「かたい」ものである必要なんかありません。「“みみ”をつくろう」と言われて、ちょっと戸惑っていた人はいました。でも、不快だといって退席するような人は誰もいません。僕はこれまでにいろいろなワークショップを企画し、参加もしてきましたが、ここまで見事な「アイスブレイク」はありませんでした。

僕たちは本来、世代や立場を超えてやわらかくなれる生き物なんだと思います。厳格なシニア社長も、孫の前ではただのゆるいおじいちゃんだったりします。社会的な関係性や、設定された役割の問題でしかないのです。

“みみ”を頭につけたあとは、グループごとに「おもしろ動画」を撮影。女子高生の間で流行った6秒動画の「Vine」を使い、世代入り乱れての撮影会。できた動画はオンライン投票で競いました。他にも、JK課メンバーの「よく盛れた」プリクラ写真を競う「ミス盛りプリコンテスト」など、「JKっぽい1日」は、イベントが成立するギリギリのゆるさと緊張感の中で盛況に終わりました。

このイベントを通じて伝えたかったものは、ゆるい市民とのコミュニケーションがうみだす“変化の感覚”です。JK課では、年間計画を明確にしなかっただけではなく、女子高生たちへの研修や講習の類も一切やりませんでした。大人は、何も教えたりしていません。それでも間違いなく、「新しい何か」がまちにうまれていたのです。