2015年3月20日(金)

誉れはすべてメスにあり。ひっそり健気な陰の存在、オスのホタルイカの話

築地、旬ばなし

dancyu 2013年4月号

文・福地享子 撮影・平野太呂
近年、ホタルイカは1月下旬には店頭に並ぶが、資源保護の意味ではちょっと疑問。やはり3月~4月の成熟したものが、形も大きく、肝に脂ものっておいしい。

生き物の世界は、メスのほうがたくましい。ホタルイカもそのひとつ。オスの健気で、はかないこと。いばってばかりの河岸の男たちに、オスの爪の垢、煎じて飲ませたい。いや、爪はないから吸盤か。といっても旬となったこの時期、オスを見つけるのは不可能といっていい。

富山湾に面した滑川(なめりかわ)は、ホタルイカ一色の町だ。駅を出て、歩く石畳には踊るホタルイカの絵が。マンホールには漁風景。海にぶつかったそこには、ホタルイカのミュージアムまでも。

ころは3月下旬、滑川漁港近くのとある加工場では……。

いよいよ出荷の最盛期。作業場にはホワホワと湯気がたちこめ、50キロ単位でホタルイカが釜ゆでされていく。

この時期には生の出荷も忙しい。積み重なったホタルイカの山から、トレーに3×7杯と並べていく作業。担当は、ベテランとおぼしき女性ふたり。淡々と続く作業のなか、ポイとぞんざいにはじかれたヤツがあった。

「オスだよ、これ」と、彼女たちが教えてくれた。ちっこくて、貧相で。これがオス? それでも「見ることができたのはラッキーだよ、アンタ」ってことらしい。

富山湾のホタルイカ漁は春の産卵期に重なる。実はその時期、もはやオスはいない。冬に精子の入ったカプセル(精莢)をメスに託すと、そこで役目は終わり。死んでしまうのだ。残ったメスは、たくましくもひとり(?)身ごもり、たくさんの子孫を残すことになる。オスが店頭デビューすることはないのだ。ひっそりと陰の存在。誉れはすべてメスにあり。

滑川を訪ねたのは数年前。いろんなことを見聞きしたけれど、この話を妙に覚えているのは、あのころ、河岸の男社会に憤慨していたせいだろう。人生修行とやらが足りなかったといいますか。今はもう違う。たんといばって稼いでおくれやす、の心境。やっと大人になったということでしょうか。

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福地 享子

かつて女性誌の編集者、その後、築地の鮮魚仲卸「濱長」の看板ネエサンとして大活躍。現在は築地の書庫「銀鱗文庫」役員。ここを拠点に、築地を走り回っている。