数時間、数万円で全ゲノム解析へ

これまでに解説してきた「個人のがん体質を決めている遺伝子の変化を調べる技術」は、実際の治療の際に、がん細胞の性質を調べることにも利用されている。遺伝子検査は、がん医療で大きな位置を占めつつあるのだ。がん細胞と正常細胞の遺伝子を比較して、がんの性質を調べ、それにあわせた治療薬(分子標的薬)を選ぶ医療も始まっている。米国では、がん細胞の遺伝子変化をもとに、治療効果が見込まれる抗がん剤を臨床試験中の薬も含めてリストアップする会社もある。

こうした遺伝子情報に基づくがん医療の普及には、高度な情報処理を行う遺伝子解析システムが欠かせない。分子標的薬の「標的遺伝子」を調べる現行の遺伝子検査は保険適用されているものもあるが、情報量があまりにも少ない。

人類がヒトゲノムの全容を解明したのは2003年のことだ。その際は延べ13年間、総額30億ドルを費やした。しかしその後、「次世代シーケンサー」と呼ばれる“大量の遺伝情報を高速に解読するシステム”が登場した。1塩基あたりの解析費用は1000分の1以下と大幅に低下。全ゲノム解析からわずか12年後の今日、個人のゲノム解析にかかる時間は数週間ほどに縮まり、費用は100万円を切るようになった。今後5年以内には数時間、数万円程度で個人の全ゲノム解析が可能になるだろう。ゲノム情報を用いた医療が普及する土壌が整いつつあるのだ。

「遺伝カウンセリング外来」を持つ埼玉県立がんセンターでも、13年、次世代シーケンサーを導入した。

遺伝子診断技術は日進月歩どころか“秒進分歩”のスピードで進化している。がん治療の標的となる遺伝子も続々と発見されている。遺伝情報の保護が万全であることが前提となるが、発症したがんや個人の遺伝情報をクラウド上に保存しておけば、新しい発見にあわせて、最新の治療や予防などの情報がリアルタイムに届く――。そんな時代はすぐそこだ。

玉県立がんセンター腫瘍診断・予防科長兼部長 赤木 究
1986年、宮崎医科大学医学部卒業。熊本大学第二内科を経て、92年熊本大学大学院医学研究科修了。専門は遺伝子診断学、腫瘍遺伝学、分子腫瘍学。日本家族性腫瘍学会評議員、臨床遺伝専門医・指導医、臨床検査管理医。
(永井浩=撮影)
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