2015年2月27日(金)

地元の人や、イタリアの首相は、なぜパスタソース工場に感謝するのか?

dancyu 2013年2月号

文・井川直子 撮影・木村金太

思えば、バブルの熱が冷めた日本に「何が真っ当か」という問いを投げかけたのはイタリアだった。地産地消、スローライフ、郷土愛。私たちはお手本を、イタリアに見つけた。

今、世界的不況の波にのまれて、日本もイタリアも苦しんでいる。いや、イタリアはさらに深刻だ。優れた職人が働き口を失い、企業は海外資本が買収。結果、名前はイタリア語でも経営はアメリカ、製造はアジアという風に“どこにもイタリアがない、イタリアの食品”が増えているという。

バリラ社
世界に向けて、パスタをはじめ、パスタソース、ベーカリーほかを製造・輸出。日本での販売は4種類。写真は「バジルのトマトソース」。保存料、着色料無添加の、昔ながらの優しい味。

そんな状況を何とかしようと動いたのが、パスタで知られるバリラ社だ。1877年、ピエトロ・バリラ氏が小さなパンとパスタの店をエミリア=ロマーニャ州パルマに開店して以来、140年近く経った今でも創始者のバリラ家による同族企業。正確に言えば、一時は外資に売却されたがすぐに買い戻し、現在四代目。イタリアでは国内シェア1位、輸出先は100カ国以上。それでいて強いアイデンティティーをもつ彼らは、「イタリアであること」から目を逸らさない。

2012年7月、4000万ユーロの巨額を投資したパスタソース工場がバリラ社の地元に完成した。これまで外部委託していたパスタソースを自社で賄う、40年来の構想が実った新工場。と聞いても異国の人間には、正直ピンと来なかった。けれど現地に飛んでみれば、地元の人はお祝いムード、落成式にマリオ・モンティ首相も駆けつけるほどのニュースである。彼らイタリア人にとって、その新工場はどんな意味をもつのだろう。

エミリア=ロマーニャ州は、美食の国イタリアの中でもチーズのパルミジャーノ・レッジャーノがあり、生ハムのプロシュットがあり、伝統的なバルサミコ酢がある。国内だけでなく世界中から愛されている食の宝庫。新工場は、その中心を担う町、パルマ市の郊外、ルッビアーノにあった。

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井川 直子