「iPS細胞」で免疫を若返らせる

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iPS細胞でがんへの攻撃力を高める

免疫反応は患者の遺伝的背景やライフスタイルに依存するため、汎用化は難しい。やはり、個人の免疫力そのものを高める必要があるのだ。

そうした観点から注目が集まっているのが、「iPS細胞」を使って、免疫細胞を「若返らせる」方法だ。京都大学の河本宏教授と理化学研究所の研究グループが共同で開発した。

がん患者の体内には、がんを殺す能力を持つT細胞が存在する。しかし、T細胞の多くはがん細胞によって無力化されていて、働ける状態のT細胞はごく少数だ。従来の免疫細胞療法で活性化したT細胞の寿命は1~2週間程度と短く効果が長続きしない。

河本教授らのグループは、こうした問題をクリアするため、がん抗原に反応するT細胞からiPS細胞を作製し、そのiPS細胞から元のがん抗原に反応できるT細胞を分化誘導することに挑み、成功した。つまり若くてフレッシュなうえ、元のT細胞と同じようにがん細胞を攻撃できるT細胞を大量につくれるようになったのである。この方法であれば、がんに反応できるT細胞の少なさや寿命の短さという現在の免疫療法の問題を克服できる可能性がある。

そのうえで河本教授は、「がんを殲滅するくらい長続きする免疫を誘導するには、真に生まれたてのT細胞をつくりだす必要がある」と言う。そのためには患者の体の中にある免疫を育てる「胸腺」という組織の中でT細胞を生成させるのがよい。T-iPS細胞から胸腺に移住する前駆細胞の段階まで誘導した時点で患者の体内に移植することで、患者の胸腺で質のいい新鮮なT細胞を生成することが期待できるという。

その先にあるのは「T-iPS細胞バンク」という構想だ。仕組みは「骨髄バンク」と同じ。がん抗原に反応するT細胞から生成したiPS細胞(T-iPS細胞)を大量にストックしておき、がんが見つかったときには自分と組織型があう人のT-iPS細胞を引き出す。すべての組織型とがん種に対応するには時間はかかるが、自己細胞を使う必要がなく費用が抑えられるうえ、より早く治療が行える。

河本教授のグループでは、まず急性白血病のがん細胞を殺すことができるキラーT細胞からT-iPS細胞を作製する予定だという。「早ければ5年以内、遅くとも7年以内にはヒトを対象とした臨床試験を行いたい」(河本教授)。

日本発のiPS細胞の技術が、世界初の「免疫細胞再生医療」へ繋がるか。期待が高まる。

京都大学再生医科学研究所 教授 河本宏
1961年生まれ。86年京都大学医学部卒業。93年京都大学大学院博士課程修了。京都大学医学部助手などを経て、2002年より理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター チームリーダー。12年より現職。専門は造血幹細胞・T前駆細胞の分化。
(森本真哉=撮影)
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