10年かけて作り上げた「フィロソフィー」

オオクシの前身は、大串の父が1964年に開業した個人営業の理容店だった。82年に法人化して「ファミリーヘアサロンオオクシ」となり、父は年齢や性別に関係なくファミリーに利用してもらう店を目指した。

大串も理容学校を卒業後、修業のため他の理容店に19歳で就職し、「家業を継げば、楽していい思いができるだろう」と呑気に考えていたという。ところが、住み込みで働き始めると、従業員6人が6畳一間に暮らすことになった。ろくに寝ることもできず、大串は数日で夜逃げした。

「そのとき、もっと人間的な労働環境に改善しないと、この業界の未来はないと思いました」と、大串は業界全体の環境を向上させたいと決意した。

その後、別の店舗で修業して、92年にオオクシに入社したが、想像以上に財務状況は悪く、借入額も相当あった。実質的に経営を担うことになった大串は、店をリニューアルして売上拡大を図ると共に、理容学校を卒業したばかりの若者を採用して人件費を抑え、社員寮も売却した。

同時に店舗経営の合理化にも取り組み、若い頃アルバイトしたコンビニに見習おうと、POSレジを入れて、顧客管理や売り上げ管理・分析のプラグラムを作った。すると、データから意外な事実がわかった。きびきびと行動し、見た目にはできるスタッフより、口べたで動きも緩慢なスタッフの方がより多くの仕事をこなしていた。大串は、口べたのスタッフを叱っていた分、自分の見る目のなさを痛感し、正しく評価できる会社にしたいと思った。

97年に29歳で社長に就任。店舗も増え、業績も上向いたが、社員の離職率が低くならない。どうして辞めるのだろうかと社員アンケートを取ると、不満は給与など待遇面ではなく、「よい仲間と働きたい」「人生の指針がほしい」という生き方の問題だった。衝撃を受けた大串は、それから自分自身がなぜ働くのか、経営とは何か、人生の指針は何かを考え始めた。いろいろな本を読んだり、人に会い、啓発された言葉や文章、行動、考え方などを逐一ノートに記録していった。

あるとき、そのノートを見た社員が「読ませてほしい」と言ったのをきっかけに、「フィロソフィー」と題した大串の理念集ができあがった。10年以上かけた集大成は360ページにもなり、オオクシのバイブルとして全社員に配られている。

冒頭には大串の経営理念が掲げられ、その第1には「社員全員(社長を含む)が家族だと思っております」とある。2013年には社員が「フィロソフィー研究会」を発足させ、毎月自主的に話し合いをしている。まさに人生の指針を大串は社員に渡すことができた。

大串は子供の頃、住み込みの従業員5、6人と家族のように暮らし、母が作る料理をみんなで食べながら育った。彼らを親戚だと思っていたという。いま子供時代よりずっと人数が増えた大家族を率い、大串は新たな経営スタイルを生み出そうとしている。(文中敬称略)

株式会社オオクシ
●代表者:大串哲史
●創設:1982年
●業種:ヘアサロン店経営など
●従業員:124名
●年商:11億円(2014年度)
●本社:千葉県千葉市
●ホームページ:http://www.ohkushi.co.jp/
(日本実業出版社、オオクシ=写真提供)
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