霜村誠一(パナソニック・ラグビー部)

しもむら・せいいち●1981年生まれ。群馬県桐生市出身。4歳の時にラグビーを始め、東京農業大学第二高校、関東学院大学でバックスとして活躍。2004年、パナソニック(前・三洋電機)に入り、同年には日本代表入りもした。昨年11月、トップリーグ100試合出場記録達成。4月から、桐生第一高校の保健体育の教諭として着任予定。同校のラグビー部監督にも就任予定。33歳。

日本一を目指すチームには、日本一にふさわしいオトコがいる。ラグビーのパナソニックのセンター、33歳の霜村誠一。トップリーグのプレーオフトーナメント準決勝でも「いぶし銀」の光を放ち、勝利に貢献した。

ラグビーとは人間と人間とが、全人格の優劣を競うスポーツである。15の人格の結晶がぶつかる。だから、オモシロい。

約1カ月ぶりの復帰戦。「きつかったですね」とこぼし、霜村は少し下がり気味の目をやわらげる。

「負けたら終わりとなると、勝手にギアがひとつ、ポンと上がっちゃう。みんな、前に出る力はすごかったですね。チームがひとつになった。試合前から、今日はすごくいい感じだなというのは分かっていました」

リーグ戦で2戦2敗と敗れていた東芝を圧倒した。経験値の高いチームは大舞台になればなるほど、結束をより強めるのだろう。状況に応じた判断力、連係プレー、塊となった動きは凄まじかった。

そのラインの軸にあって、霜村はからだを張った。正直、バックスとしては、スピードにやや欠ける。サイズが大きいわけでもない。だがボールを確実に前に運び、やさしいパスでつなぎ、あるいはポイントをつくった。

絶妙な読みと判断から、トライにつながるゴロキックを見せた。素早い出足で相手の突破阻止もやってのけた。

チーム11年目。今季、トップリーグの「リーグ戦100試合出場」を記録した。昨年12月の試合で左足の甲を痛めたが、チームに戻ってきた。大事な試合には、やはりベテランの力が必要なのだ。

「若い選手が伸びている中で、こうやってケガ明けの僕が試合に出させてもらったのだから、それなりのプレーをしないといけないと思っていました。特別、僕が何かやってやるということじゃなくて……。久しぶりなので、すごく気持ちが入っていました」

群馬県桐生市出身。4歳の時に地元のラグビースクールでラグビーを始め、東農大二高、関東学院大を経て、パナソニック(前・三洋電機)入りした。09年度から12年度まで4季連続で主将を務めた。

04年には日本代表入りし、計4キャップ(国別対試合出場数)を獲得した。09年度から、トレーニングの傍ら大東大に通い、保健体育の教員免許を取得。今季限りで現役を引退し、4月からは群馬・桐生第一高校の教員としてラグビー部監督に就任する。

引退までのカウントダウンが始まった。「(引退の意識は)あまりしてないですね」と、霜村は少し照れる。

「最後まで、選手として、13番として、どう(コンディションを)持っていくかを考えています。ただ、もうじき最後で……。一緒にプレーしてきたチームメイトと離れるのは、ちょっとさみしいかな、とは思います」

誠実、実直……。義理と人情を忘れぬ好漢は、謙虚でもある。試合後の通路でしつこい記者に囲まれても、からだの前で両手をちゃんと合わせて背筋を伸ばし、似たような質問にもイヤな顔ひとつせず、一つ一つ丁寧に答えるのだった。

別れ際、「高校の先生になって、自分が得たもので、子どもたちに伝えたいことはありますか?」と聞けば、霜村は即答した。

「仲間の大切さですね。(選手の間に)信頼があれば、結構、いいラグビーができます。仲間を裏切らないこと、仲間のためにからだを張ること、ちゃんと自分の責任を持つこと。ラグビーを教えながら、社会で役立つ人格をつくってあげたい」

仲間、信頼、責任、つまりは人間力。間違いない。きっと霜村はいい先生になるだろう。

(松瀬 学=撮影)
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