リストラをせず全社員一丸で

社長在任中、最も緊迫したのは、08年9月のリーマン・ショックであったという。

あのときを境に需要が一気に減速し、京セラは決算の大幅な下方修正を余儀なくされました。

京セラには創業以来半世紀、リストラなしにやってきた伝統があります。ですが、このときばかりは、立て直しのために後ろ向きの手を打たなければいけないのでは、と悩み抜きました。

「名誉会長は何と言われるだろうか――」

相談に行くと、「理念はベースだから」と言葉をかけられた。理念というのは、京セラの経営哲学にある「全従業員の物心両面の幸福を追求する」という一節です。何があろうと、理念を最優先するのは当たり前ではないか。そのことを教えられたのです。

それで心が定まりました。リストラはしない。理念を大切に、全社員一丸となって業績回復を目指すということです。

「しっかりやれよ」

稲盛はこう言って、送り出してくれました。このときの決算を機に、私は社長から会長に退きました。

以来、私はそれまで以上に現場を回り、受注が落ち込んで元気をなくしていたさまざまな職場を励ますように心掛けました。行く先々で「コンパ」(と呼ばれる京セラ独自の社内懇親会)を開いては、社員の決意や悩みに耳を傾け、「自分はこう思う。経験ではこうや」とアドバイスしています。

稲盛が育んできた企業文化を、絶対に途絶えさせないようにする。これこそが、私に課せられた役割だと思っています。

(高井尚之=構成 永野一晃=撮影)
【関連記事】
稲盛式「アメーバ経営」で赤字家計は救えるか
稲盛和夫直伝「私が部下を叱る基準、褒める基準」【1】
部下のミスを叱責。一人前に育てる効果的な叱り方
稲盛和夫が直言「伸びる人、立派になる人、いらない人」【1】
部下・チームの力を引き出す20冊 -役職別 鉄則本ガイド【課長・新任マネージャー編】