ところで、広告の世界では「説得型コミュニケーションから共感型コミュニケーションへ」というパラダイム・シフトが起きている。従来は売り手が「この商品はいいですよ」と主張する「説得型」が基本だったが、「共感型」では消費者に直接訴える直接話法ではなく、第三者を通じてメッセージを発信してもらう間接話法を用いる。

「殺菌作用のある洗剤」を売りたいのであれば、「洗濯時の殺菌が重要だ」というテーマを掲げ、医師や一般のブロガーなど第三者を通じてそのテーマの認知度を高める。そして、そうした認識を持った消費者に、店先でその洗剤の存在に気づいてもらうのである。

説得型コミュニケーションは、大量宣伝によって自分の価値観に相手を従わせようとするものだ。ところが人々の価値観が多様化してくると、それでは同じ価値観の人しか説得することができない。対して共感型コミュニケーションは、相手の価値観を取り入れ、味方づくりをすることによって成り立つ。本田さんが無意識に行っていたのは、共感型のコミュニケーションだったのである。

現代の共感型コミュニケーションでは、ブログやSNSなど双方向のネットメディアを多用せざるをえない。しかし、ネットに書き込みをしているのは全体の3~4%にすぎない。残る大多数の声を目に見えるようにすること、つまり潜在的な味方を顕在化する仕組みが必要だという課題がある。これをどう解決するか。アメリカのオバマ大統領陣営は次のような手段を編み出した。

マスメディアの広告費はこんなに急減した
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マスメディアの広告費はこんなに急減した

彼は当選後、「change.com」というサイトを開設し、就任後に行ってほしい政策を自由に書き込んでもらった。当初は「麻薬を解禁しろ」などの無責任な書き込みが氾濫したが、このサイトでは訪問者が同意した政策にクリックで投票する形になっていたため、いいかげんな書き込みは無視され消えていった。ワンクリックで行える「投票」が、潜在意見を可視化する仕組みになったのである。

世界同時不況で真っ先に削減されたのは宣伝費だ。企業によっては前年比3~5割減も珍しくない。だが、本田さんやオバマ大統領が実証したように、共感型コミュニケーションをうまく機能させれば、小さな費用でも大きな効果を挙げることができるのである。

※すべて雑誌掲載当時

(久保田正志=構成 尾崎三朗=撮影)