(3)男女の資産価値の変動があるから

恋愛や結婚とは、自分の商品価値をもとにした物々交換であることは前述したとおりである。自分という商品を相手に売って、相手の商品を買うというのが基本で、相手の五感的魅力や社会的条件を考慮に入れて相対評価するのが恋愛であり結婚である。

たとえば、自分の商品価値が100万円ならば、その価格に見合う相手を探そうとする。できれば手持ち100万円で200万円の相手を獲得しようとするが、200万円の相手は100万円の人に安売りするわけもなく、あくまでも着地点は100万円の価値しかない人は、同じ価格レンジの相手である。これを「恋愛均衡説」と呼んでいる。

それでは、男と女は何を物々交換するのか? 男が会社に勤め、女が専業主婦になるケースで考えると、結婚とは「女が男の可能性を買い、男が女の旬を買う」行為というふうに考えられる。男の年収のピークは50歳前後であるために、女は男の将来性を「青田買い」していることになる。他方、男にとっての女の魅力は、見かけ等が生け花と同じように時間とともに劣化するので、結婚した時点が女の最高の瞬間であり、「男は女の最高を買う」ことになる。

したがって、結婚当初は、相対的価値の上位にある女が強気、男が弱気。大多数の家庭では、上位の妻がハネムーンの間に人事(子育て)と財政(夫の収入を銀行口座に入れて、そこから独断で資源配分し、財政をコントロールすること)を一手に握ってワンマン社長になるわけである。

しかしながら、結婚後しばらくすると、夫婦の価格の逆転が生じる。男の年収は基本的に年齢とともに漸増してゆき、年収の増加に比例して徐々に強気になってゆく。他方、女の視覚的な魅力は漸減してゆくのは不可避であるし、独占的に行うセックスや視覚的魅力の満足度は限界効用逓減の法則にしたがい、徐々に減少してゆく。青田買いの田んぼもそのうち金色に輝き、輝く夫は妻の提供するサービスに不満を覚えて((5)で後述)、次第にポケットマネーや隠し口座を開設することで不倫が可能となり、性欲のはけ口を見つけることで埋め合わせをするのであるが、妻側も夫への無関心と子どもへの愛情という形に変容してゆくことになる(なお、この夫の優位性は「ぬれ落ち葉」化する定年まで続くが、その後に再逆転があり、定年後の夫の凋落は語るも無残なものがあるので、ここでは触れないことにする)。